ガラドニアの夜
◆
その夜、俺たちに与えられた宿泊場所は上等なものだった。
旅人という物が存在しないこの街にはそもそも〈宿〉が無いため、俺たちが間借りすることになったのは〈蒼穹の騎士〉の宿舎だ。
宿舎は市内に幾つも点在しているらしい。
俺たちが借りた宿舎はリュートも住んでいる大きなもので、今夜から、その五階に当たるフロア丸々を俺たちに開放してくれていた。
が、あの騎士たちと同じ建物に寝泊まりするというのは、やっぱりちょっと……。
「まったく。リヴィアが過激な説得をするから、気まずいったらないぞ」
窓際の椅子に腰掛けて、リヴィアに言う。
「んにゃ~?」
ソファに寝転んでいたリヴィアは、ごろんと寝返りを打って、隣に座るマールの膝枕に頭を乗せると、聞いているのかいないのか分からないような曖昧な返事で返した。
俺たちが寝泊まりする三階は中心に広いリビングがあり、そこから各人の部屋へと行けるような作りになっていた。
窓の外には美しいガラドニアの星空。部屋の中には見たこともない発光する植物で作られた燭台が並び、暖かい光を満たしている。
調度品や部屋のサイズが〈山神の民〉仕様なので俺たちにはだいぶ小さいが、それでもすこぶる快適な空間だ。
「でも正直すっきりしたわ。ちょっと怖かったけど」
リヴィアの向かいのソファに座るミアが、琥珀色の液体の入ったグラスを傾けながら笑った。
養老樹という樹の樹液を蒸留して作った、ガラドニア名産の酒らしい。
一瓶飲むと寿命が一年延びるとか。
「ただ……やはり、クレイジーな作戦だとは思うがね。彼ら曰く、敵アボイドの平均レベルは400。それが総勢数十万。いくらわたくし達が〈山神の加護〉を貰ったとしても……」
ミアの隣に足を組んで座るリヒャルトが、珍しく暗い表情で言う。
「なによ、アンタらしくないわね。そのための作戦でしょ。上手くいくって! ちょろいちょろい!」
「ま、前向きだなぁ……っていうか、酔っ払ってる?」
壁にもたれて話を聞いていたアフェットが苦笑する。
『ふん。アボイドの群れの十万や二十万、私の力だけで蹴散らしてお見せする』
俺の近くにふよふよと浮かんでいたランスロットが、怒るように言った。
「どうしたんだよ、ランスロット。ここに来てから、やっぱりちょっと変だぞ」
『……は。いえ、そんなことは──』
すると、不意にリビングのドアがノックされた。
わずかな間をおいてドアが開き、リュートが不機嫌そうな顔をのぞかせた。
「明日の早朝から〈翠玉迷宮〉に向かう。お前たちもさっさと寝ろ。海神殿、リュイザンの方はよろしく頼みますぞ」
「はいよ~」
リヴィアがマールの膝枕に頭を乗せたままひらひらと手をふる。
「…………」
リュートは何か言いたげな顔をした後、深いため息をついて扉を閉めた。
全員、しばらく無言のまま閉められたドアを眺めていた。
「……寝ましょうか」
ミアが呟くと、なんだか水をさされたような気分のまま、それぞれ寝支度に入った。
リビングから繋がる個室は三つ。ミアとマール、アフェットとリヒャルトが同室に寝る手筈になっていた。
リビングには俺が最後に残った。
照明植物に蓋をかぶせて光量を落とすと、部屋が月と星の明かりに青白く浮かび上がる。
『……少し、辺りを見回りに行って参ります……』
「あ、おい」
ランスロットは俺の制止を聞かず、ふわふわと窓から外へ出ていった。
◆
個室のベッドはとりたてて豪華では無いものの、清潔に整備されたものだった。
ちょっと小さいが。
「……ん……」
なんだか寝付きも悪かった俺は、浅いまどろみからふと目を覚ました。
小一時間も経っていない。寝ていたような起きていたような、中途半端な感覚だ。
「……はぁ……」
小さくため息を付いて起き上がる。
『起きちゃったの?』
リヴィアが語りかけてくる。
俺は、枕元にあるバインダーを手にとった。
「ああ。……ランスロット、帰って来ないな」
部屋に青い火の玉の姿はなく、バインダーにも戻っていない。
意識で問いかけても、反応はなかった。
「トラブルに巻き込まれてるわけでは無いと思うけど……」
『うーん……』
リヴィアが唸る。
すると、淡い光が弾けてリヴィアが姿を表した。
「ちょっと、探しに行こうか」
リヴィアの提案に頷いて返す。
俺たちは、他の面々を起こさないよう、静かに部屋を出た。
ガラドニアの街は、中心にある〈ルフの玉殿〉から市街を放射状に貫く大通りと、その大通りそれぞれを不規則につなぐ〈葉脈通り〉で構成されている。
宿舎は、大通り沿いの玉殿寄りに位置していた。
「……ふぅ」
俺は、外気を吸い込んで小さく息をついた。
気温はすこし肌寒いくらいだ。
薄い青の月明かりに浮かび上がるガラドニアはひと気も無く、しん、と静まり返っていた。
ランスロットの姿は無い。
「あれ? コージ? リヴィアも」
不意に後ろから声をかけられた。
ミアだ。ラフな格好の上から深い緑のマントを羽織っている。
「ミア。どうしたんだ?」
「なんだか、寝れなくてさ。外の空気でも吸おうかなって」
そう言って苦笑する。
「俺もマント羽織ってくればよかったな」
綿の肌着に麻のシャツだけ纏った身体をこすりながら言った。
「貸さないわよ? っていうか、コージたちこそ何してるのよ。二人でコソコソと……」
ミアが不審そうな顔で俺とリヴィアを交互に眺める。
俺はなぜか慌てて手を振って否定しながら、理由を説明した。
「ランスロットが戻らなくてさ! あ、いや、別に大丈夫だとは思うんだけど、一応探しに行こうかと……」
ミアの表情が曇る。
「ランスロット……。ねぇ、本当に大丈夫なの? ここに来てから、ずいぶん様子がおかしかったけど」
「うん……そうなんだよな」
「ねぇ、リヴィア。リュートと……いえ、リュートのおじいさんとランスロットの間に、何があったの?」
「……」
俺とミアに見つめられると、リヴィアは僅かに思案してから頷くと、
「歩きながら話そっか」
そう言って通りをゆっくり歩き始めた。
俺とミアは顔を見合わせると、その後ろに続いた。




