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山神ルフの御姿


 市街を抜けた先には悠久の時を経た巨大な宮殿が、半ば自然と一体化するように佇んでいた。

 騎士たちの後をついて大きな正門をくぐる。

 その内部は王宮というよりも、もはや全てが巨大な中庭……いや、()と言えるような作りになっていた。

 吹き抜けの天井を突くように樹々がまっすぐと伸び、枝葉の間を小鳥や蝶が舞っている。


「このまま〈玉座の泉〉までお進みください」


 リュートが立ち止まって言う。

 どうやら、騎士たちの案内はここまでのようだ。

 礼を告げて先へ進む。


「まるで古代遺跡ですね……」


 マールが辺りを見渡しながら呟いた。

 古い石の建築を自然が呑み込んでいる様は、たしかに遺跡のようだ。

 しかし、モンスターやアボイドの蔓延(はびこ)るダンジョンの様に淀んだ空気や、時の止まった寂しさは感じられない。

 やがて、前方にきらきらと輝く泉が現れた。


「ほう。あれが〈玉座の泉〉。ファッキン・トレビア~ンな場所だね」

「コージくん、あそこ……!」


 泉の傍らに、一頭の動物が横たわっていた。

 牡牛くらいの大きさで、白灰の毛皮が風にそよいでいる。

 白灰の動物は俺たちの存在に気がつくと、ゆっくりと立ち上がってこちらを見つめた。


「牛……いや、馬かしら?」

「僕は獅子だと思うけど……」

「え、鳥ではないんですか?」

「何を言ってるんだい。あれは小さなエレファントさ」


 各々がひそひそと話し合う。

 その感想はあまりにも統一感がなかった。

 俺にも、その答えは分からない。

 何の動物にも見えないし、逆に、全ての動物にも見えるのだ。

 すると、リヴィアがくすくすと笑った。


「全部正解だよ。あれは……地上に生きる全ての生物そのものだから。山神ルフっていうのは、そういうものなんだ」

「……! あれが……!?」


 すると、ルフが口を開いた。


『よくぞ参られた。海神殿……そして、勇者たちよ』


 ゆったりとした足取りでこちらに歩み寄ってくる。


「勇者って、そんな」


 間近まで来たルフが、その黒い瞳で狼狽える俺を見つめる。

 優しい目だ。


「なんか勝手に巨大なドラゴンみたいなのを想像してたけど……思ったより小さいのね」

「ミア、失礼だよ」


 アフェットがたしなめる。


「リヴィアは会ったことが……?」


 俺が問うと、リヴィアは小首をかしげた。


「私が最後にルフに会ったのは二千年以上前だから、このルフに会うのは初めてだよ。でも……なんと言ったらいいか、ルフは代がわりをしてその魂の核を受け継いでいくから、私が会った二代前のルフと、このルフは同じ(・・)でもあるんだ」

「はあ……」


 リヴィアの話に、俺たちはぽかーんとする他無かった。


「どうしたのよ、ルフ。そんなヨボヨボしちゃって。代がわりの時期なんでしょ?」


 リヴィアが、言いながらルフの頭を優しくなでる。

 ルフはゆっくりと目をしばたいた。


『いかにも。しかし、今は代がわりをすることも叶わん……。それどころか、このままではこの〈天つ森のはじまり〉全てが暗黒に飲み込まれてしまうだろう。〈アボイド〉という邪悪なる勢力によって……』

「アボイド!?」

「ここに来る途中、戦を見たよ。やっぱり、あれは……」


 リヴィアの顔が曇る。

 ルフはゆっくりと頷いた。


『全ての元凶は、この地に巣食うクラスター〈ダークマター〉と、奴が生み出すアボイドの軍勢……。奴らとの戦いで、残り僅かだった我が力はもはや尽きかけている』


 ルフはそう言って力なく泉のほとりへ戻ると、そこに座り込んだ。

 俺たちは顔を見合わせると、泉のほとりでルフを囲むように草の上に腰を下ろした。


『もはや、〈天つ森のはじまり〉の四分の一は〈ダークマター〉に占拠されておる。今は残った我が神気を持ってある程度は抑えられているが、それももう続くまい……』

「〈自然の内側〉までクラスターの侵攻が進んでるなんて……信じられないな」


 リヴィアが考え込むように言う。


奴ら(・・)との戦が始まってから、すでに三百余年。我々は優勢に奴らを抑え込んできた』

「三百余年!? 私たちが産まれるずっと前から、ここではずっとアボイドと戦争をしてたっていうの!?」


 驚くミアに、ルフが頷く。


『いかにも。……しかし、奴らの力がここ数十年で急激に隆盛しているのは、もはや明白。かつて無いまでの力だ。〈潮流〉は悪い方向に流れておる』

「これって、もはや〈代がわり〉がどうこうどころの話じゃないじゃない……!?」


 ミアが顔面を蒼白にして言う。


「潮流……」


 俺はかつて〈大召喚士アラルガンド〉に言われた事を思い起こしていた。


『奴らはすでにその本陣を、ここから東、〈モルデンド大聖域〉まで進めている。総力戦となれば、一体どれほどの被害が出るか……。いや、それこそ、我らは駆逐されるやもしれぬ』

「そんなに手強い相手なのですか? リヴィアさんの力があれば……」


 マールが尋ねる。


『クラスター〈ダークマター〉は、巨大な菌糸型生物。胞子を寄生させた無数のアボイドを一つの生命体の様に操る。しかも、本体は株を三つに分裂させていて、その一つを消してもまた他の株から分裂を始めるのだ。たしかに海神殿の力を持ってすれば全ての株をまとめて焼き尽くすことが出来るかもしれん。しかし、それと同時にこの地全てが焦土になってしまうであろう』


「なるほど。広範囲に点在する株をまったく同時に消滅させなければならないのか……。かなり厄介ですね。その三つの〈株〉はどこに?」


 アフェットが顎に手を当てながら尋ねる。


『うむ。一つは主戦場〈モルデンド大聖域〉の最奥、敵本陣〈古い門の荒野〉。二つ目は東の果て、ダークマターが生み出した暗黒の塔〈ダークテンペスト〉。そして、三つ目が遥か空に浮かぶ〈浮遊神殿ゴルドベルグ〉……』

「見事にバラバラね。しかも、どれもろくな場所じゃ無さそう」


 ミアが顔を引き攣らせた。


『山神の民と〈蒼穹の騎士〉の戦力は〈ガラドニア〉の防衛で手一杯で、とても三つに分散させることは出来ない。海神殿の手助けがあったとしても、どれほどのことが出来るか……』

「…………」


 リヴィアは腕を組んで目を閉じたまま考え込んでいたかと思うと、ゆっくりと目を開けた。


「……出来ないことはないよ。かなり難しい作戦になるけど。あたしの極大魔法に、狙ったいくつかの場所を同時に攻撃できるものがあるから、それを使えば……」

『おお……! まことか!?』


 ルフの瞳が歓喜に光る。

 しかし、リヴィアは眉間にしわを寄せて考え込んだ。


「でも、正確に狙うには座標を指定するための〈海神の宝珠〉をその場所に仕掛けなきゃいけないんだ」

「リヴィアくんの協力があれば、主戦場の〈モルデンド大聖域〉の突破は可能ではないかね?」


 リヒャルトの言葉に、リヴィアが頷いた。


「うん。あたしは極大魔法の発動のために動けない状態だけど、後方から援護は出来ると思う」

「じゃあ後は敵の本拠地〈ダークテンペスト〉と、空とぶ〈浮遊神殿ゴルドベルグ〉ってわけね」


 ミアがそう言って空を見上げた。

 俺もつられて見上げる。

 当然、その〈浮遊神殿ゴルドベルグ〉が見えるわけではない。

 樹々の葉を透かして見上げた空は真っ青で、小鳥たちが美しい声で鳴きながら飛び回っていた。


『敵地と空……か……。海神殿、空の覇者の一族と、霞の神獣の協力を仰いではいかがだろうか。彼らは我らの言葉には従わずとも、海神殿と──』


 言いながら、ルフは俺を見つめた。


『こちらのコージ殿のような希代の召喚士の言葉であれば、あるいは……』

「お、俺……?」


 狼狽える俺とは裏腹に、リヴィアは目を輝かせた。


「うんうん! それだ! そうしよう! 空の覇者たちにはちょっとした貸しがあるし、霞の神獣は……まぁかなり曲者だけど、コージならきっと大丈夫だよ! うん!」

「待て待て。一体、何なんだよその空の覇者……? ってのと、霞の神獣ってのは」

『空の覇者の一族……〈雲の上の高地〉に住み、天空を駆る〈リュイザン族〉……。そして、〈翠玉迷宮(エメラルド・メイズ)〉にいる、姿なき霞の神獣〈カーバンクル〉』


 俺の問いにルフが答える。


「って言われても……さっぱり分からん」

「〈リュイザン〉にはあたしが会いに行ってくる。〈カーバンクル〉は、コージに任せたよ」

「えぇ……!?」


 なにやらまたしても勝手に大役を任されつつある事に気がついて、俺は口元を引き攣らせた。



週末に投稿しようと思っていたのに、一日遅れてしまいました……!

すみません!

新たにブックマークしてくださった方々、本当に感謝感激です。

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