暗澹たる黒雲
遥か眼下を、大草原の景色が高速で流れていく。
見たこともない巨獣が、上空を飛行する巨大な影──海神〈リヴァイアサン〉と、その背に乗って移動する俺たちを見上げていた。
雨のように飛沫を散らしながら飛行するリヴァイアサンのすぐ横を、渡り鳥の群れが並走している。
「きゃーーーっ! 最っ高!」
ミアが片手を上げながら嬌声を上げる。
「み、ミアさん! 危ないですよぅ!」
両手でたてがみに必死にしがみつくマールが叫んだ。
「はーっはっは! 最&高の眺めじゃないか!」
「すごい! 僕は今、空を飛んでるぞ!」
それぞれが思い思いに嬌声を上げている。
『ああ、懐かしい感覚だ……。海神殿の背に乗るのは、あの戦以来です』
ランスロットが呟く。
俺は海龍の背に乗って戦う聖騎士の姿を想像した。
彼らの戦った戦というのは、どれほど熾烈なものだったのだろうか。
過去の話になると彼らの口が急に重くなる感じが好きではなくて、何となくずっと聞けないままでいる。
すると、その時、リヴァイアサンが重い唸り声を上げた。
「どうした?」
『……妙だ。東の方角を見るがよい』
海神の威厳あふれる声に促され、視線を東の空に移す。
そこには、地の果てに渦巻く暗雲が、稲光と共に不穏な空気を伴って蠢いていた。
確かに、この平穏に満ちた〈天つ森のはじまり〉の中で、異質な光景だ。
「どういうこと……?」
ミアが呟く。
「〈天つ森のはじまり〉に、あんな場所が?」
アフェットが尋ねると、リヴァイアサンは再び低く唸った。
『我の知る限りでは、無い。……少し揺れるぞ。良く掴まっていろ』
「え、ちょっ──うわぁっ!?」
リヴァイアサンは、急旋回し、急激にスピードを上げて東の方角へ向かった。
東へ近づくたびに空気は重く不穏になっていく。
やがて俺たちは、どこまでも広がる曇天の荒野と──それを埋め尽くす戦の火を目にした。
「人……人だわ! これは……戦争!?」
ミアが叫ぶ。
眼下では、若草色の鎧を纏った軍勢と、漆黒の鎧を纏った軍勢が激しくぶつかり合っていた。
槍や剣が火花を散らし、攻撃魔術が飛び交う。
怒号と、累々たる屍から流れる血に、荒野が染まっていた。
『あの若草の鎧は〈山神の民〉……!』
ランスロットが叫ぶ。
「〈山神の民〉……?」
『うむ。山神ルフを奉じて〈天つ森のはじまり〉に暮らす、気高き眷属』
俺の問いにリヴァイアサンが答える。
「待って! それと戦ってる黒い方は……!?」
アフェットが叫ぶ。
『分からん。〈山神の民〉同士の戦では無いようだが……まさかこの地で戦を見ることになるとは……!』
暗雲が渦巻き、闇が立ち込める不穏な空は、黒の軍勢が陣取る方面のさらに奥……北東の果てから広がっていた。
双蒼山のずっと東だ。はるか遠く、薄っすらと塔のようなものが見える。
「ダメです! 押されてますよ……!」
マールが悲鳴のような声を上げる。
数では若草色の軍勢が圧倒しているものの、黒の騎士たちはその大剣の一薙で山神の民数人をまとめて吹き飛ばすような強靭さだった。
若草の軍も健闘しているものの、じき総崩れになるのは明白だ。
「リヴィア! 助けに入ろう!」
俺が言うと、リヴァイアサンは低く唸りを上げた。
『この地はルフの聖地。まだ事情も分からぬゆえ、我が力を下すことは出来かねる……』
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ!? 今の貴方の力なら、あの程度一瞬で……!」
ミアがリヴァイアサンに食ってかかるが、リヴァイアサンは無言のまま何かを考え込んでいる風だ。
眼下では刻々と戦況が悪くなっていく。
「リヴィア……!」
俺の呼びかけに、リヴァイアサンが鼻息で答える。
『……仕方ない。これくらいであれば、審判を下したことにはなるまい。しっかりと掴まっておけ』
言うと、低く轟く咆哮を上げた。
「うわっ!?」
「きゃあっ……!」
突然放出された余剰魔力に全員が危うく弾き落とされかけて、慌ててたてがみにしがみついた。
同時に、リヴァイアサンが呼び起こした激しい雷雨が戦場に降り注ぐ。
バケツを引っくり返したような嵐だ。
荒野がたちまち濁流の大河のようになる。
戦闘は継続不可能な膠着状態になり、両軍がにわかに退却を始めた。
『これで、この場は一旦凌げるだろう。北へ急ぐぞ!』
「ああ! リヴィア、ありがとう」
リヴァイアサンは急旋回すると、再び北の双蒼山へ向かって速度を上げた。




