第50話 あなたの時代は終わりです 【第1章最終話】
このお話は、ここで第1章が完結します。
執務室の扉が閉じられた瞬間、外のざわめきが遠くへ押しやられたように静まり返った。
アレクシスは机の前に立ち、肩の力を抜いたまま私を見つめていた。
その瞳には、王太子としての強さよりも、迷いの色が濃く滲んでいた。
公爵は私の横で静かに立ち、場の流れを見守っている。
私は一歩前へ進み、アレクシスと向き合った。
「……まだ話すことがあるようですね」
促すと、アレクシスは短く息を吸い、視線を落とした。
その表情は、言葉を選びきれない者の迷いそのものだった。
「リリア。君を遠ざけたあの日から、私はずっと自分の判断に怯えていた」
アレクシスは机の端に手を置き、指先を強く押しつけた。
その仕草は、何かを支えようとしているようでいて、実際には何も支えられていなかった。
「君の力を恐れた。君の存在が、私の世界を壊すと思っていた。だから……君を選べなかった」
私は静かに彼を見つめた。
その言葉は、過去の彼を象徴していた。
魔法至上主義の価値観に縛られ、魔法を消す力を“異質”と呼んだ男。
「今になって、ようやく分かったんだ。君を拒んだあの日こそ、私の時代が終わり始めた瞬間だった」
アレクシスは顔を上げた。
その瞳には、後悔と恐れが混じっていた。
「私は……自分が築いてきたものを守れると思っていた。でも、何ひとつ守れていない。君を失い、価値観を失い……今は立っている場所さえ分からない」
公爵が静かに息を吐いた。
その音は、場の緊張をわずかにほどくようだった。
「アレクシス殿。あなたが抱えているものは、あなた自身が選んできた結果です。それをリリア殿に背負わせることはできません」
アレクシスは唇を噛み、視線を落とした。
その肩はわずかに震えていた。
「……分かっている。君に頼る資格なんて、私にはない。それでも……君の前に立つしかなかった」
私はゆっくりと息を吸い、胸の奥に広がる思いを整えた。
その思いは、これから進む道を選ぶためのものだった。
「あなたが何を望んでいるのか、まだ聞いていません」
アレクシスは顔を上げ、私を見つめた。
その瞳には、焦りではなく、覚悟が宿っていた。
「望みなんて、もう持てない。ただ……君の言葉を聞きたい。君がどう生きるのか、それを知りたい」
その声には、肩書きではなく、ひとりの人間の弱さが滲んでいた。
私は静かに視線を落とし、胸の奥に広がる感情を整えた。
そして、ゆっくりと顔を上げた。
「あなたが捨てた力は、今あなたが最も必要としている力。でも私は、あなたのためには使いません」
アレクシスは息を呑み、わずかに後ろへ下がった。
その表情は、言葉よりも雄弁に彼の動揺を示していた。
「……そう、か」
声はかすかに震えていた。
公爵は静かに目を閉じ、アレクシスの反応を受け止めていた。
私は続けた。
「あなたが築いてきた時代は、あなた自身が終わらせたものです。私の力が壊したのではありません。あなたが選んだ価値観が、自分自身を壊したんです」
アレクシスは膝に手をつき、ゆっくりと腰を落とした。
その姿は、王太子ではなく、過ちを抱えたひとりの青年だった。
「……私は、何をしてきたんだ」
その呟きは、誰に向けたものでもなかった。
ただ、自分自身への問いだった。
私は静かに彼を見つめた。
その姿は、かつて私を切り捨てた男ではなく、自分の時代が終わったことを悟った者の姿だった。
しかし、私はまだ結論を口にしなかった。
胸の奥に広がる思いは、形になりかけている。
けれど、それを言葉にするには、あと少しだけ時間が必要だった。
アレクシスは膝をついたまま、私の言葉を待っていた。
公爵は静かに立ち、私の選択がどこへ向かうのかを見守っていた。
執務室の窓から差し込む光が、床に淡く広がっていた。
その光の中で、私は静かに息を吸った。
まだ終わらせない。
この場で結論を出すことはしない。
私はゆっくりと視線を逸らし、胸の奥に揺れる思いを抱えたまま、次の言葉を探していた。
アレクシスは膝をついたまま、私のわずかな動きにも反応するように顔を上げた。
その瞳には、かつて見たことのないほどの不安が宿っていた。
王太子としての威厳は消え、ただ自分の過ちと向き合う青年の姿だけがそこにあった。
公爵は私の横で静かに立ち、場の流れを見守っている。
その存在は、私の背中を支える壁のように感じられた。
「……リリア」
アレクシスが名前を呼んだ声は、かすかに掠れていた。
私はゆっくりと彼へ視線を戻した。
「あなたは、私に何を求めているのですか」
アレクシスは唇を震わせ、言葉を探した。
しかし、すぐには声が出なかった。
「……私は、君に向き合いたい。君を遠ざけたあの日から、ずっと逃げ続けていた自分を……終わらせたい」
その言葉は弱く、しかし確かだった。
私は静かに息を吸い、胸の奥に広がる思いを整えた。
「あなたが終わらせたいのは、自分の過ちですか。それとも、私に拒絶される恐怖ですか」
アレクシスは目を見開き、息を止めた。
その反応は、私の問いが彼の胸を深く刺したことを示していた。
「……どちらも、だと思う」
その答えは、王太子としての言葉ではなかった。
ただ、過ちを抱えたひとりの青年の告白だった。
私はゆっくりと歩みを進め、アレクシスの正面に立った。
彼は膝をついたまま、私を見上げた。
「あなたは、私を捨てました」
アレクシスは唇を噛み、視線を落とした。
その肩はわずかに震えていた。
「君の力が怖かった。君の存在が、私の世界を壊すと思っていた。だから……君を選べなかった」
「その結果、あなたの世界はどうなりましたか」
アレクシスは答えられなかった。
沈黙が執務室を満たし、彼の呼吸だけがかすかに響いた。
「あなたが恐れたものは、私ではありません。あなた自身の価値観です」
アレクシスは顔を上げた。
その瞳には、痛みと理解が混じっていた。
「……君は、正しい」
「正しいかどうかではありません。私は、あなたの判断に従うつもりはないと言っているだけです」
アレクシスは膝をついたまま、ゆっくりと頭を垂れた。
その姿は、王太子としてではなく、過ちを抱えたひとりの青年だった。
「……リリア。君の未来を……見届けたい」
その言葉は弱く、しかし確かだった。
私は静かに首を振った。
「あなたの未来は、あなた自身が選んでください。私は、私の未来を選びます」
アレクシスは唇を震わせ、視線を落とした。
その肩はわずかに震えていた。
私は一歩下がり、深く息を吐いた。
胸の奥に広がる思いは、ようやく形になった。
「王太子アレクシス……あなたの時代は終わりです」
アレクシスは膝をついたまま、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、絶望ではなく、静かな諦念が宿っていた。
「……そうか」
その一言は、王太子としての最後の言葉だった。
私は公爵とともに扉へ向かい、静かに執務室を後にした。
扉が閉じられる瞬間、アレクシスはかすかに手を伸ばした。
しかし、その指先は空を切り、何も掴めなかった。
その姿は、かつて私を切り捨てた男ではなく、自分の時代を終わらせた者の姿だった。
廊下に出ると、静かな空気が広がっていた。
公爵は私の横で歩きながら、低く声を落とした。
「……よく言いましたね、リリア殿」
「必要なことを言っただけです」
公爵はわずかに微笑んだ。
その表情は、私の選択を尊重する者のものだった。
「あなたは、もう誰にも縛られない。あなたの未来は、あなた自身のものです」
私は静かに頷いた。
胸の奥に広がる思いは、もう揺れていなかった。
執務室の扉の向こうで、アレクシスは膝をついたまま動かなかった。
その姿は、王太子としての時代が終わったことを象徴していた。
私は歩みを止めず、前へ進んだ。
私の選ぶ未来へ続く道が、静かに開かれていた。
こうして、“王太子アレクシスの時代”は終わりを迎えた。
そして、私の未来が始まった。
第1章、これにて完結です!
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
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〈今後の更新について〉
気になる第2章ですが、さっそく明日、8月7日の08:10からスタートします!
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それでは、第2章でまたお会いしましょう!
本当にありがとうございました!




