第7話 覚悟の契約
真人が澪の書斎にはいってから数十分が経った。
榊は仕事があるからと少し前に部屋から出ていっている。
澪は相変わらず、飲み物以外は何も口にすることなく書類をさばいていく。
そんな様子をぼんやりと見ていた真人からふと声をかけられた。
「……なあ、異能の事って聞いてもいいのか?」
書類を読んでいた澪は顔を上げる。
「いいけど、本当に護衛になると契約したら詳しくお伝えする予定よ」
澪は真人を前から見据えた。
値踏みをするように、もしくは真人の真意を探る様に。
「……乗り掛かった舟だしな。
それに昨日、するって言ったろ」
と、澪の視線から顔をそむける。
「わかったわ」
澪は安堵から口をほころばせた。
顔を背けた真人からは力強い赤とオレンジの混ざり合った、決意にも似た色が視える。
「ただし、口外はしないことをお約束くださいね」
真人の目が澪を見た。
その目を見るだけで澪は安心を覚える。
「口外したら?」
「そうね。一生、久世家の監視下に置いて暮らしてもらうわ」
ニコリと口角をあげて、サラッと恐ろしいことを突きつけられが、それでも気になることに変わりはないのだろう。
1つ返事で了承した。
「わかった。口外はしねぇ」
その言葉を聞いて澪はデスクから真人の対面のソファーに腰掛けた。
「まず、異能は人口の0.01%ほどしか持っていない力なの。主に遺伝によって異能が発現すると言われているわ」
久世家は代々、情報系の異能保持者が多いの。と、言葉を続ける。
「私の異能は、周囲の人間の感情が色で視えるの」
「昨日言ってたやつだな」
「ええ、昨日で言うならば、藤堂様が持っていたお酒に対しての嫌悪感の紫。
私たちと話す前に話していた相手への苛つき淡い赤。
これらを視てから、お酒や話す内容を変更したりしていたの」
なるほどと真人は昨日の急な無茶ぶりはそういうことだったのかと感心する。
「今の真人さんからは弱めの水色が視えているから、軽い驚きかしら。
きっと感心とかそんな気持ちなのかも考えられるわ」
「は?」
思わず素っ頓狂な声が出る。
「本当に見えているんだな……。
それって、常に見えているんだったよな?」
「えぇ、わたしが意識的に視ないようにしようとはできないの。
常に人の感情が色として景色の一部で視えているわ」
真人の眉間に皺が寄っていくのを澪は見た。
この異能に軽い嫌悪があるのだろう、水色が紫へと変わっていく。
「常に見えているってことは、疲れねえの?」
「視えることが当たり前だから、これに関して疲れは感じにくいわ。
ただ、私に対しての強い感情を直接的に受けてしまうと、体が重だるくなったり、昨日みたいに頭痛が出たりすることはあるわ」
澪は目を伏せる。
異能による負荷を当然のものとして受け入れているような、どこか諦めを帯びた表情だった。
真人からは相変わらず紫の嫌悪が見えた。
色を見ずとも顔をしかめているのでわかりやすい。
「じゃあ、昨日は感情を視たから藤堂ってやつを振ったのか?」
澪は真人の嫌悪が強くなるのも知りつつも、次のことを伝える。
「それだけじゃないわ。起因する感情の過去を追うこともできるの」
「過去?」
「えぇ、人間は過去のことを思い出しても感情は動くわ。その過去のことを思い出している感情をたどって過去を視ることができるの。
――これを私は〝追憶〟と呼んでいるわ」
追憶、と真人は言葉を繰り返した。
昨日まで普通の人生を歩んでいた、それが一日で、一回の依頼でここまで知らない世界を見せられることに脳がついていかないのだろう。
「えっと……。だから、昨日は藤堂に借金があることが分かったのか?」
「えぇ。藤堂が支援を申し出た時に不安が強く出たから辿っていったの。
そうしたら、返済不可能なほどの借金をする様子と久世に肩代わりしてもらえるかの感情をみることができたわ」
なるほどな、と真人は腕を組む。
「それを使えば、相手の過去が見えるって便利だな。
それも使ったら頭痛がするのか?」
澪はゆっくりと首を振る。
「追憶による負荷は頭痛だけで終わらないことが多いわ。
追憶は1日でたくさん使うと食欲もなくなるし、ひどい時は起き上がれない」
「は?」
思わず、責めるような強い声が出てしまう。
「……ごめんなさい、やはり嫌悪感は拭えないわね」
眉を下げて、困ったように澪が笑う。
異能で気持ちを常に把握されることが嫌だと思うのは仕方がないのは過去からの経験か。
「そうじゃねぇ。感情を見られるのは別に構わない。それよりも、そんなに辛いのに使ったことが信じられねぇ」
「それは、仕方ないことよ。私が視ないとその場では答えられないわ」
さも当たり前に答える澪。
「いや、少しは気にしろよ?借金なんて口を割らせたらいい」
「どうやって?」
「そりゃ、一言脅したりしたら簡単に口を割るんじゃねえの?」
「……それをしてしまうと、久世家の悪い噂が流れてしまうわ。それ以前に脅迫罪で訴えられるかもしれない。
まぁ、藤堂さんは脅すだけでは口は割らないでしょう。
久世に借金を肩代わりしてもらわないと後がないんだもの」
澪の正論に、うっ……と言葉に詰まってしまう。
自分なら脅したり、すごんだり、時間をかければ口を割らせられると安直に考えていたが、貴族の考えることはそうでもないらしい。
「だからって、お前が身を削って調べることなのか?」
「もちろんよ、久世家の目として生まれたのだから」
澪の真っすぐな目に真人は思わず顔をそらす。
あまりにも自分と違いすぎた。
「……久世家ってそんなに重いものなのか?」
ぽつりと真人は聞く。
「護衛となって見たらいいわ。上流階級にある久世というものがどういうものなのか」
澪はにっこりと微笑んだ。
「異能の話はこのくらいよ」
真人は数秒黙った。
納得したような、できないようなそんな表情が見え隠れする。
何かが引っかかっている。
当たり前のように、不調が出るのに異能というものを使うことへの違和感か、それを何とも思っていない澪の返答に対してなのか。
澪は敢えて真人の不服そうな様子を見ないことにした。
きっとすぐに答えが出るものでもない。
それに、だからといって澪自身が異能を使わないという選択肢はなかった。
「なぁ、俺が護衛になっても異能って使うんだよな?」
「ええ、そうよ」
迷いも何もない、使うことが当たり前の返答がくる。
「しかもさ、常に感情が視えているんだろ?
泣いているやつも、嘘ついているやつも、怒っているのも。嫌にならねえの?」
「……そうかしら?」
「そうだろ」
真人は即答する。
便利だとは思った、だけどよく考えれば不調は出る上に常に相手のことを見続けている状況に慣れられるわけがない。
「それでも私は久世だから」
澪はそれで話は終わりとでも言うように、そう締めくくった。
少しだけ目を伏せる。
けれどもすぐに顔を上げ、真っすぐ真人を見据えた。
「久世の目は、活用し家を繁栄させるためのものよ。この力を管理して家を守るためのもの。
そう思っておいてください」
澪はソファーから立ち上がる。
「でもよ、頭痛があって食欲も落ちるのに……」
「あなたは護衛として雇うの」
澪がぴしゃりと真人の言葉を切った。
「あなたが心配するところではないわ」
にっこりと笑えば、話を強制的に終わらせた。
「これが契約書よ。異能のことを知るという覚悟もあったわけだから護衛として雇わせていただくわ」
デスクの上から書類を渡す。
真人が受け取り、書類に目を通す。
人生で契約書というものと対峙したことはないのだろう顔をしかめて見る。
そんな真人の様子からか、澪は簡単に説明し始めた。
「契約者は久世家当主の私のお父様になります。
雇用は1年更新で行うわ。月給100万円で週休2日。
ただし私が外出するときは来てもらいたいから、お休みは変動になるのは仕方ないと思ってください」
「100、まん?護衛ってそんなに……」
真人が思わず書類から顔を上げた。
「えぇ、久世家の護衛ですもの」
当たり前よ?とさらりと澪は答えた。
真人から紫とオレンジの疑いの感情がどっと溢れてきた。
それほど、この金額を警戒しているのだろう。
「危険と隣り合わせだから、何も不思議ではないわ」
「それでも、こんな額……」
「嫌なら下げるけど?」
「いや、これで頼む」
慌てて真人が契約書にサラサラと名前を書いた。
澪は満足そうにその様子を見ている。
真人から契約書を澪は静かに受け取り、小さく微笑んだ。
「久世家お抱えの護衛さん、今日からよろしくお願いしますわ」
「あぁ」
真人は小さく答えた。
その返事がこの先の未来を変える大きな転機になる。




