第6話 そのままで
翌朝、真人は柔らかなベッドの上で目を覚ました。
現在も夢の中にいて、都合のいい夢を見続けているのではないかと錯覚するぐらいの客室をぼんやりと眺める。
「静かだな……」
普段寝起きしている新宿には一日中喧騒が響いているのに、ここは静かすぎた。
カーテンの隙間から朝日が差し込み、現実であることを実感する。
ベッドから立ち上がると、客室のドアがノックされた。
「朝食をお持ちしました」
まるで見計らったかのように食事が運ばれてくる。
使用人がキャスターを押して入ってくる。
焼き立てのパンにスープ、卵料理、サラダ、果物、コーヒー。
どれもホテルの朝食のようだった。
「毎日こんなの食ってんの?」
思わず聞いてしまう真人。
「お客様用の朝食になります」
なるほど、さすがに毎日この豪華なものではないようだ。
「お嬢様からゆっくりした後、お部屋に来てほしいとの伝言をお預かりしております」
それだけを伝えると、使用人は一礼して部屋を後にした。
真人は朝食を眺めながら椅子に腰かけ、コーヒーへ手を伸ばす。
一口飲めば、程よい苦みと酸味が口に広がる。
ふと昨夜のことを思い出す。
疲れたといい早々に部屋へ引き上げた令嬢。
それがもう自分を呼んでいること。
「……すげぇな。真面目かよ」
疲れたのなら、ゆっくり寝ればいいのにと考えながら豪華な朝食を堪能した。
朝食を終え、言われた通り澪の部屋へ向かうため使用人が案内をしてくれる。
目的にの部屋に近付くと話声がわずかに聞こえる。
何を話しているのかまでは分からないが、榊の声だということはわかった。
「お嬢様、柴田様をお連れしました」
使用人がノックをして声をかければ、「どうぞ」と昨日と同じ凛とした声がする。
扉を開ければ、榊と澪がすでに身支度を整え、話をしていたようだ。
部屋の中は想像していたよりもずっと質素でシンプルな部屋だった、
広さもあり、調度品の美しさもなんとなく真人にもわかる。
ただ、年頃の女の子の割には華やかさがなく、実用的な部屋になっていた。
デスクの上には積み上げられた書類と小難しそうな専門書と開かれたノート。
壁にはズラッと並ぶ本の数。
そしてデスクの横には簡易の食事がキャスターに乗せられて置かれている。
「おはようございます、真人さん。ゆっくりできましたか?」
澪は昨夜のドレス姿とは違い落ち着いたワンピースに身を包んでいた。
「まあ、それなりに」
「よかったです、朝食も食べられたと聞きましたわ」
豪華な朝食を思い出し、あぁと簡単に答える。
「そっちはもう仕事してんのか?」
デスクの上の書類を一瞥して真人は尋ねた。
「そうですね、昨日のことをまとめておかなくてはいけませんから」
真人はちらりと、デスク横に置かれている食事を見た。
パンもスープも手付かずのまま置かれている。
スープに至っては温かいもののはずなのに冷えてしまっているようだ。
「食わねえの?」
顎で食事をしゃくると、榊が一瞬だけ目を閉じた。
まるで「よくぞ聞いてくださいました」とでも言うように。
「お嬢様は先ほどからお仕事に集中されておりまして。私も何度か言わせていただいております」
「なるほど」
つまり、食べていない。
真人が部屋に入る前の榊との話声は食事に関してだったのだろうと予想もつく。
「昨日疲れたって言ってたんだから、食わねえと」
何気なくそう言えば、澪はバツの悪そうに目を背ける。
「……食欲は、ないので。後で食べます」
真人は澪を見た。
疲れはあるようだが、病人という感じはないし、熱があるようにも見えない。
「いや、あとでっていうやつに限ってしないだろ」
ピクリと肩が反応する。
「んだよ、自覚あんじゃん。食えば?仕事は逃げねえだろ」
榊が小さく咳ばらいをすれば、澪は榊をムッと睨む。
「忙しいのかもしれねえけど、飯を抜く理由にはならないだろ」
そういいながら真人は机へ近づく。
「昨日の頭痛もそれ関係じゃないのか?」
澪の顔をじっとのぞき込み、顔色を見るようにじっと視線を合わせる。
「食えよ?」
まるで諭すかのように言えば、何か小さい声が返ってくる。
「ん?」
「……使った後は、あまり食べたくないのです」
「使った後?」
真人は首をかしげる。
「あ、異能ってやつか」
昨日の車内のことを思い出す。
忘れていたわけではないが、まさかそこが結びつくとは思っていなかった。
「んなら、なおさらなんか食えば?体力使って疲れてるんだから、飯食えば何とかなるだろ」
真人の中では体調を崩したら何か食べれば元気になるという理論だ。
「ほら、スープだけでも飲め」
澪の目の前にスープを置く。
「……お昼の時に飲みます」
「ガキか」
思わず言ってしまう真人。
「なっ……、ガキじゃないわ!」
売り言葉に買い言葉、思わず反論してしまう澪を見て目を瞬かせた。
「なんだ、そんな感じでも言えるのか」
てっきりどこぞのご令嬢みたいに、人を寄せ付けないような言葉使いしかできないのかと思っていたから少し驚く。
昨夜は冷静で、一回り以上の相手にも一歩も引かず渡り歩いていたのにこんな子供みたいな一面にびっくりする真人。
「……いらないもん、紅茶だけでいいもん」
素が出てしまったことに対してしまったという顔をした後には、あきらめたのだろう。
フィッと横を向いてしまう。
その様子に真人は、目の前にいるご令嬢がただの拗ねている普通の女の子だったことに新鮮さを覚える。
「へえ、そんな感じなのか。普段」
食事をするしないよりも、澪の反応が新鮮でついからかいたくなる真人。
思わず口元が上がってしまう。
「なんか話しやすくなって、そっちの方がいいな」
デスクから離れて、ドガッとソファーに座る。
「昨日のはなんか距離感じたけど、そっちの方が断然いい」
「……そう?」
「俺はな。他のやつらは知らん」
澪は榊を見た。
令嬢としてのふるまいじゃないほうを良いと言ってくれる、人の部屋で遠慮もなくソファーに座っているこの男に朝から呆気に取られていた。
「んだよ、そんなに見てもなんも出ねえよ」
眉間にシワを寄せ、無愛想に答える真人。
不思議そうに澪の視線が真人を捉えていた。
「なんていうか、初めてだから。私の部屋でこんなにくつろぐ人……」
ぽつんと澪は言う。
「……そうなのか?友達いねえの?」
澪は答えない。
「一応お嬢様は久世家の次期当主になりますので、皆様一線を引かれることが多いのでございます」
2人のやり取りに榊がフォローを入れる。
「あー。悪い、そうだよな」
「柴田様はぜひそのままで。お嬢様にとってそのような距離感でお話してくださる方は大変貴重ですから」
そういうなら、そうなのか。と真人は深くは考えずに納得をしたのだった。




