第5話 色を見る力
「私、異能者なの。感情を色で視ることができるの」
真人は澪から言われた言葉が頭の中で反芻される。
「異能者って……」
——異能者、現代日本の人口の約0.01%しかいないと言われている特殊な能力を持っている人間を指す。
異能者たちは一般社会に紛れ込み、隠れるように生活をしているためその存在を知ることはほとんどない。
そのため都市伝説として巷では語られている程度のものだ。
真人自身も噂程度に話は聞いたことがあっても、人生で一度も出会ったことはなかった。
「……へぇ、そういうの本当にいるんだな」
真人は改めて澪を見た。
至って普通の少女と女性の間にいるような人間だ。
ただ真人の知っている女性と違うのは、金持ちの娘で、年齢よりもおとなびた印象を与えている、そのぐらいにしか思えない。
異能者だと言われてもいまいちピンと来ないからか大した反応もできなかった。
「お嬢様……、既成事実を作るのはおやめください」
運転席から榊の呆れた声がかけられる。
「――は?」
キセイジジツ?
真人は気づいてしまった。
目の前にいるのは仮にも日本有数の金持ちで、上流階級だけでなく、日本の経済にも影響を持つ家の娘だ。
その家の娘が異能者。
この事実を知ってしまった時点でもう久世家から逃げられない。
他言しようものなら久世家が全力で真人を潰しにくる可能性もある。
真人は澪を見た、微笑んでいるが確実に悪巧みがうまくいったという顔をしている。
「……アンタ、ハメやがったな」
「あら、何のことでしょう?」
にっこりと微笑む澪は満足そうだ。
「ちっ……、しかたねぇ」
真人は諦めるしかない。
さすがにこのお嬢サマ、久世家を敵に回したくはない。
「……あの、異能が怖くないのですか?」
恐る恐る、と言った様子で澪が聞いてきた。
さっきまでの悪巧みの笑みから、不安そうな声に変わる。
「怖い?それよりも、十分驚いた」
真人は首をかしげる。
驚きはしたが、怖いという感情は出てこない。
実際に視えているだけであって実害はないのだから。
「んで、感情が視えるだけだろ?」
真人はすげえなとだけ言った。
澪はその反応に呆気にとられている。
もっと反応があるかと思っていたのかもしれない。
「んだよ、ハトが豆鉄砲食らったみたいな顔して」
「いえ……、過去にも異能があると伝えたら、怖がられたり、気味悪がられたり、噓つきだと罵られることもありましたから」
「アンタを見てたら嘘じゃねえことぐらいわかるだろ」
数時間ではあるが、澪という人物を見た真人の感想は実に単純だった。
「それって意識して見えるもんなのか?」
「いえ、意識しなくても常に見えています」
「ふーん、疲れそうだな。
……あ、だからさっき頭痛薬を飲んでたのか」
一人納得する真人。
榊が当たり前のように錠剤を渡していたのも日常だからなのだろう。
「てことは、常に相手の気持ちがわかるってことなのか」
「そうですわ。今も真人さんが興味を持っているのも色からでも分かります」
「ふーん、なんか俺だったら嫌だけどな。相手のことがすぐにわかってしまうなんて」
澪が目を見張る。
「そう、でしょうか、あまりそのように言われたことはありませんから」
「だってよ、辛くねぇか?見たくない時だってあるだろ」
澪は少し言葉に詰まり、考える。
「……考えたことないです。
視えないほうが普通とは知っていたけど、当たり前に私にはあるものだから」
あぁ、と真人はまた納得してしまう。
当たり前が違えば、普通も変わるのは仕方ないことだ。
「それが当たり前ならそうなるか」
一人納得したように真人はあっさりと返事をした。
澪からの視線を感じて顔を見る。
真人の視線を受け止めた澪が改めて口を開いた。
「真人さん、やっぱりあなたに護衛を頼みたいと思います」
「本当に俺でいいのか?今日会ったばっかだぞ?」
「えぇ、それでも真人さん、あなたがいいと思いましたの」
真人に向けられた笑顔はそれまで会場で見せていた微笑よりもずっと自然だった。
真人は困ったような顔一瞬するも「わかったよ」と了承する。
「どうせ、次の仕事も入ってないしな」
次の食い扶持がないことは真人自身も気になっていた。
嫌になればまた次の仕事を探すだけだと割り切って返事をする。
この2人の様子を運転席から榊はミラー越しに見ていた。
何も言わないが、どこか嬉しそうな表情なのは、長年仕えてきた澪に頼りになりそうな護衛ができたからだけではないだろう。
それほど澪が気に入り、自ら異能を伝えるほどの信頼がおけると判断をしたことに口を緩ませ目を閉じた。
◇
車は20分も走れば、大きな門をくぐる。
「…でか」
思わず漏れた真人の本音。
夜の闇の中に浮かび上がる久世家の屋敷は、まるで小さな洋館だった。
暖かな明かりが漏れる窓、石畳のアプローチ。
車が正面玄関に滑り込めば、後部座席のドアが開けられて使用人たちが出迎える。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「ただいま帰りましたわ」
澪は車から降りて、使用人へ当たり前のように名前を呼び、ねぎらいの言葉をかければ、軽く言葉を返しまた仕事へと戻っていく。
毎日の当たり前のように。
「真人さん、今日は遅くまでありがとうございました」
澪はくるりと振り返り真人へ頭を下げる。
「いや、別に俺は……」
この家の規模に圧倒されている真人はどもるしかできない。
「柴田様、今夜は客室のご用意ができております。どうぞ、そちらでお休みください」
榊が一礼し、部屋へと案内する旨を伝えてくる。
護衛を受けるといった手前、宿泊を断ることはできないだろう。
真人は小さくため息をついた。
裏路地で護衛の依頼をもらってから数時間後にはこんなでかい屋敷にいるなんて考えてもいなかった。
「では、真人さん。ゆっくりしてください」
澪はそれだけを言い残し、階段を上がると二階の廊下の奥へと消えていった。
静かになった玄関ホールで、真人はその背中を見送る。
「……行くの早くね?」
「お嬢様はたいそうお疲れのようですので」
「そんなに疲れているのか?」
榊が隣で小さく微笑み、「こちらです」と真人を客室へと案内するために歩き出す。
真人は榊の後について歩き出した。
長い廊下には綺麗な絨毯が敷かれ、壁には高そうな絵画が飾られている。
「本日は夜会で多くの人の感情を視られていましたから、お疲れは出やすいかと」
廊下を真人の前を歩きながら榊は簡単に説明をする。
「そんなに負担があるのか?生まれつきみたいに言ってたけど」
「そうですね……」
榊はどこか歯切れが悪く答える。
「詳しくはまた明日お聞きください。私からお伝えすることはできませんので」
異能について興味がない……、とまでは言えないが、そんなもんなのかと真人は気にも留めず、廊下の装飾に目を向ける。
どこを見ても金がかかっている、そんな印象を持ちながら客室のドアを開けられると真人は足を止めた。
「……これが客室?」
思わず確認する。
部屋が広すぎる。
一人暮らしのアパートなんて丸ごと入りそうだ。
「何か不備がございますか?」
榊が不思議そうに尋ねる。
「いや、これが客室なのか?」
「はい」
真人は額を押さえる。
価値観の違いに頭がおかしくなりそうだった。
改めて、自分の生きてきた世界とはまた違うと実感をした。




