第4話 青の提案
真人から体に力が入るようなそんな雰囲気を澪は感じ取った。
澪の目の端に深いオレンジ色が入ってくる。
――真人からの警戒の色。
そしてこの目の前で自分に深く頭を下げてくる男、藤堂。
薄い赤色の苛立ち。時折混ざる優越の黄緑と赤。
この男は、
自分を下に見せることで周囲の同情を得て、久世家からの支援金を手に入れられると本気で思っているのだろう。
久世家の令嬢に深く頭を下げてくる男性、そんな光景があると人は目をつい向けてしまうのは人の性だろう。
周囲からは何事なのかと好奇の目が向けられる。
「藤堂さま、お顔を上げてください」
澪はそれでいて声を荒げずに声をかければ、藤堂はバッと期待に満ちた顔を上げてくる。
「久世家として先ほどはお断りいたしましたわ。
いくら頭を下げられてもこのお返事は覆りません。お引き取りくださいませ」
凛として澪は顔色一つ変えることはしない。
この程度のことで久世の名前は決して揺らがない。
周囲からヒソヒソと藤堂に向けられる蔑むような声も聞こえてくる。
済んだ顔の澪の前にいる藤堂の顔がみるみる赤くなっていく。
よほど恥ずかしいのだろう。
「生意気な、小娘のクセに……」
それはそこにいる澪と真人のみに聞こえた小さな声だった。
真人はスッと澪の横から前に出る。
「行きましょう」
一歩出た真人を牽制するように、真人の腕を澪は取った。
歩き出した二人は藤堂の横を通る。
藤堂は悔しそうな顔をしながら睨みつけまだ何かを言おうと一歩を踏み出す。
その瞬間、真人がさっと足を払えば見事に藤堂は尻餅をつき周囲の視線を浴びることになった。
真人が足を払ったことに気づくのは横にいる澪と足を払われた藤堂ぐらいだろう。
久世に断られ、最後には尻餅をつく無様な男と言うレッテルを貼られる藤堂。
この先、彼が公に出てくる時は後ろ指をさされるだろう。
澪は横目で藤堂を見る、恥辱の緑と紫色の感情が目に入った。
ただ微笑むだけの澪を藤堂は恨めしそうに睨見つけるだけだった。
後から藤堂の視線と参加者からの好奇の目も向けられているが気にすることなく、そのまま会場を後にした。
◇
会場のドアをスタッフが開ければ、静かなロビーの空気が二人を包む。
さっきまでの開場の喧騒がはるか向こうにあるようにも感じるほど、ほっと息を澪は吐いた。
ホテルのエントランスには榊が待っていた。
2人を見つけると静かに頭を下げる。
「おかえりなさいませ。車を回しております」
「ありがとう、榊さん」
車まで澪は真人の腕を離そうとしなかった。
「真人さんも乗ってください」
「俺?」
澪が榊に開けてもらった車の後部座席に真人を誘う。
「他にいらっしゃらないでしょう?」
真人は少し迷ったあと、言われるがまま乗り込む。
「家まで送ってくれるのか?」
「いいえ、久世家にお連れしますわ。今後のお話もしたいもの」
ふふふ、と澪は笑えば、車がゆっくりと発進した。
車窓からホテルが流れ国道にのればゆったりとした空間になる。
「で、なんで俺を連れていくんだ?今後の話って……」
澪は真人を見た。
訝しげな不安そうな深緑の色が視える。
「そうですね、真人さんなら私の護衛を続けていける気がしたから、でしょうか」
と柔らかく笑う。
「それに、色々と聞きたそうですし?」
と、真人を見た。
会場を出てからずっと何かを言おうとしては口をつぐむ、そんな様子が真人から見て取れる。
「まぁ、聞けるなら聞きてぇけど」
「その前に、榊さん頭痛薬だけいただける?」
かしこまりました。と、榊は慣れた手つきでケースから錠剤とペットボトルの水を澪に渡した。
澪はためらうことなく、錠剤を水で流し込む。
「頭痛持ちなのか?」
真人が尋ねると、澪はにっこりと笑って「いいえ」とだけ答えた。
「あの最後の足さばきはお見事でしたわ」
澪は思い出して楽しそうに笑う。
「あれぐらい、別に。ちょっとムカついただけだ」
視線をそらす真人を楽しそうに見ながら、澪は次の言葉を紡ぐ。
「そうね、会場での質問だけれど。
あの人、藤堂は支援を受けても返しきれないほどの借金をすでに抱えていましたのでお断りしただけですわ」
真人は目を瞬いるが、澪は気にすることなく話を続けていく。
「もともとお話をする前に借金があることはあらかじめ調べていて知ってはいましたが、まさか返済できないほどとは思わなかったですけど」
さっきの会場での話を思い出しても、借金の話など出ていない。
それだけでそんなに強気でいけることに違和感を覚えたのだろう、怪訝そうな顔を真人は澪に向けた。
「そんな話、一つも出てなかっただろ?」
あらかじめ真人に渡されていた資料をざっとよんでいたが、どこにもそのような記載はなかったし、さっき会話の中にもなかった。
助手席の榊が静かに口を開く。
「お嬢様がそう言われるのであれば、支援の話は白紙に戻しておきます」
その口調には疑いがない。
澪が言うことは絶対であるかのように。
「確認はしねぇの?」
「はい、確認は軽くだけですね。おそらく事実ですので」
それ以上の説明は榊からはなかった。
真人からもう一度、改めて澪は視線を受ける。
澪は相変わらず微笑みを絶やしていない。
「なんでだよ」
「そうね…、私が視えるからよ」
澪は少し考えて答える。
「は?何が?」
「感情よ」
フフッと小さく笑う。
軽い調子で言えば、助手席から「お嬢様」と榊の嗜める声がする。
「いいじゃない、真人さんはわかってくれる人よ?」
「しかし、まだ正式な契約前です」
榊とバックミラー越しに澪は視線が合う。
意味は十分伝わる。
久世家の事情を、出会ったばかりの人間に話すべきではない。
「真人さんはきっと正式に契約を結んでくれるわ」
澪は自信ありげに言う。
「…何の契約なんだよ」
訝しげな真人の声。
澪は気にすることなく、真人を見据えて言う。
「真人さん。私の専属の護衛になってくださいませんか?」
澪は真人を見た。
真人からは青い驚きの色が見える。
「わたくし、人を視る目だけはあると自負していますの。真人さんには私の護衛になっていただきたいのです」
「――急すぎんだろ」
顔をそむける真人。
きっと今までにこんなに真っすぐに言われたことはないのだろう。
「今夜の働きを見ていたら完璧でしたわ。
私の無茶ぶりにも対応していましたし。
それに最後、藤堂に対しての警戒心、危険を察知しての牽制、完璧だと思います。
きっとこの先も頼りになりますわ」
「なっ…」
怒涛の評価に思わず言葉に詰まる真人を澪は楽しそうに見た。
「いかがですか、真人さん。久世家次期当主の護衛をしてみませんか?」
澪に真人は目を向けると、パチンと目が合う。
「もちろん、お給料も好待遇にさせていただきます」
悪くないお話でしょう?と、澪は真人を見る。
真人もジッと澪を見てきた。
「……わかったよ、とりあえず1ヵ月」
観念したように真人が答える。
「ありがとう、真人さん」
「お嬢様、まだ旦那様の許可も下りておりません」
澪は榊の小言を完全に無視して真人を見た。
思わず、澪の強い瞳に背筋が伸びる真人。
「……私、異能者なの」
「は?」
澪は静かに微笑んだ。
「感情を色で視ることができるの」




