第3話 箱入り令嬢
真人は自分が話さなくてはならないと覚悟を決めて席に着いた。
しかし、数分後にはそんな心配は杞憂に終わる。
澪がすべての話題をさらっていくのだ。
絶妙に真人に話を振りながら、真人があたかも投資に精通しているかのようにも見せている。
真人は隣で澪の投げる言葉に反応することしかできなかった。
(ただの箱入りのお嬢サマかと思っていたけど、そうでもねえのか)
改めて横に座る澪を見る。
自分よりも小さく華奢な女性。
背筋を伸ばし、声は凛としていて隙のない。
一つ一つの動作がきれいで目を引くというのはまさにこのことだろうと内心感心しながら今回の依頼主のすごさを感じていた。
藤堂も最初こそ余裕の笑みを浮かべていたが、次第に目の色を変えてくのが真人にもわかった。
「……なるほど、そこまでご存じでしたか」
澪の返答は終始穏やかであるのに、知識量が明らかに深い。
藤堂自身もしっかりと話についていかなければ置いていかれるのではないかと錯覚するほどの情報が澪の口から紡がれていた。
「それに、最近は大手メーカーにも支援をしたりされているとか。株ですか?」
澪が一口、炭酸の入った飲み物を飲んだ。
空気が一瞬止まる。
藤堂は急に本題に入るとは思わなかったのだろう。
「ええ、株もございます」
グラスを手に取りながら頷く。
「ただ、私はどちらかと言えば企業そのものへ投資する方が好きでして」
落ち着いた口調だった。
「数字だけを見るのではなく、人を見るのです。
どれほど優れた事業計画でも、経営者が信用できなければ意味がありませんからね」
そう言って微笑む。
「さすが、観察眼をお持ちなのですね」
「買いかぶりですよ。
もちろん利益は期待しておりますが、それだけではありません」
そう言った時だった。真人はふと違和感を覚える。言葉は綺麗で表情も穏やかだ。
だが何かが引っかかる。
まるで何かから逃げたような。
藤堂が真人へ視線を向けてきた。
「柴田さんはどう思われます?」
突然話を振られた。
「投資についてです」
「そうっすね。人を見てから決める基準って何なんです?」
真人は横目で澪を見る。
微笑みを張り付けたままじっと藤堂を見ていた。藤堂はこの目から逃げたかったのか?
真人は視線を藤堂に戻す。
「難しい質問ですね」
グラスを指先で回しながら考える。
「一言で言うなら、失敗した時の態度でしょうか」
「失敗した時?」
「ええ」
藤堂は頷いた。
「成功している時は誰でも立派なことを言えます。ですが、人間の本性は失敗した時に出る。
責任を他人へ押し付ける人間か。逃げる人間か。それとも立て直そうとする人間か」
藤堂はそう言って真人を見る。
「私はそこを見ます」
「まるで、ご自身に言い聞かせているみたいですわね」
真人が答えようとしたとき、澪が横から入ってきた。
真人だけでない、藤堂も一瞬固まる。
「さすがお話の早い、お嬢様だ」
藤堂は切り替えて、澪に向き直る。
「今回、私が一つの企業に出資をいたしまして」
と一枚の紙を渡してくる。
説明に淀みがない。数字、市場価値、成功事例、将来性全てにおいて魅力的であるかのように。
「ぜひとも久世家にもご支援賜りたく」
と最後を締めくくって澪を見た。
その顔は審判の判断を待つ人間の顔。
「……そうですわね。
藤堂さま、一つお伺いしたいのですが」
と、言葉を切る。
「久世家の情報網を知ってのこのご提案でしょうか?
それとも、わたくしが何も知らない箱入りの令嬢だから、でしょうか?」
「そ、そのようなことはございません!!!」
藤堂が立ち上がる。
ここまでの余裕は消え、焦りが目に見えてわかる。
「久世への情報網は承知しておりますし、ご令嬢の知見にも感服しております!」
「そうですか。それでいて、わたくしたちをバカにしていらっしゃるの?」
澪は微笑む。
「この企業、架空会社ですわよね?」
藤堂が何かを言おうと口を開くのを遮って澪は畳みかける。
「英字表記で気づかれないと考えたのかもしれませんが、最後のsがある会社はございませんの」
資料にはNovastrides.INCの文字。
「Novastride.INCという会社はありますが、最後にsがつく企業はありませんの」
「いや…これは、こちらの打ちミスでして…」
「大切な商談のための書類にこのようなミス…、藤堂さまらしくありませんわ」
「ははは、痛いところを突かれますな」
焦りからか動揺が目の奥にうかがえる。
「このようなミスがあると、支援の話は難しいですわ。今回のお話はなかったことに」
口を開けては閉じる藤堂。
澪はスッと立ち上がり、「では、失礼しますわ」と、席を離れていった。
真人もあわてて付いていく。
澪の横から声をかける。
「なぁ、なんでわかったんだよ」
澪はにっこりと笑って「もう疲れましたわ、帰りましょう」とだけ言った。
理由の説明も答えすらもらえず、真人は澪についていく。
会場の照明を受けながら微笑み、出入り口へと向かうと、後ろから走ってくる音もする。
「久世様!!!」
澪の目の前に立ちふさがる様に藤堂がきた。
「どうかお助けください!!」
土下座をする勢いで頭を下げる。
周囲からの視線が藤堂だけでなく、澪にも注がれる。
「何のおつもりでしょう?」
「先ほどは失礼しました、私にはあなた様しかいないのです」
頭を下げたまま藤堂は声を張る。
まるで周囲に見てもらおうとするかのように。
「いくら頭を下げられても、久世の返答は変わりませんわ。今回はご縁がなかったということです」
「それでも私が頼れるのは貴女だけなのです!!」
藤堂はそれでも前から退けようとはしない。
この状況は、嘆願する相手をないがしろにする久世という喜ばしくない印象を与えるのではないかと内心ハラハラする真人。
この会場に入ってからの澪はどこか常に張り詰めた空気をまとっていた。
ずっと何かを見続けているような。
仮にも依頼を受けている立場としては、このお嬢サマを守らなくてはならない。




