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あなたの色が見えなくなるまで~名家の令嬢は、その気持ちを恋とは認めてあげません~  作者: 黎明 あかり
鳳条会食編

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第1話 手紙

 ガーデンパーティーから1ヶ月が経った。

 朝夕が冷え、肌寒くなる。


 窓の外を見れば、秋の空が広がっていた。

 朝のルーティンを終え、真人は澪の書斎をノックした。


「どうぞ」


 いつもの澪の声が聞こえ、ドアを開ける。


「はよ」


「おはよう、真人さん」


 机から顔を上げた澪を真人は見た。

 2週間ほど前の青白い顔はない。


「もういいのか?」


「もう大丈夫よ、毎日確認する必要はないわ」


 ガーデンパーティーが終わり、薬の副作用で2週間も寝込んだ澪には言われたくない。


「……また飯食ってねぇ」


 机の端に追いやられている朝食にため息が出る。

 いつになったらまともな生活をするのだろうか。


「朝は欲しくないの」


 澪が逃げるように書類へと目を落とした。


「嘘つけ、本調子じゃねぇだけだろ」


「そんなことないわ。真人さん食べていいわよ」


「昨日も一昨日も、その言葉聞いたぞ……」


「……気のせいじゃない?」


 相変わらず、自分のことに無頓着だ。


「ほら食え」


 書類の上にわざと皿を載せる。


「真人さん、私に言うのって。ご飯と睡眠だけでワンパターンだわ」


「はぁ?! それを言われないようにしようとか思えよ!」


「善処するわ」


 変わらないやつだろうと頭によぎった。



 ◇



 ちびちびとようやくスープだけでもお腹に収める澪を見ると笑みが零れる。

 その真人の顔を不機嫌そうに見た澪がふとテーブル横に手を伸ばした。


「真人さん、こちら目を通しておいて」


 真人の前に手紙の束を差し出される。


「んだよこれ」


「婚約だったり、お茶会だったり……お誘いのお手紙よ」


「アンタも大変だな」


 澪の視線を感じた。


「……澪も、大変だな」


 言い直せば、満足げな澪だ。


 そんなに嬉しいものなのだろうかと、考えつつも手を伸ばし手紙の束を受け取る。

 ざっと見たところ50件ぐらいはありそうだ。


「違うわ、それは真人さん宛よ」


「俺? なんで?」


 意味が分からない。

 自分に手紙が来る理由もわからない。


「真人さんがお嬢様のエスコートをされていたからです」


 ふいに背後から声をかけられる。

 振り返れば、書類を持ってきた榊が恭しく頭を下げた。


「エスコートだけで?」


 澪はすました顔をしてスープを啜っている。


「はい、久世家が選んだエスコート役に婚約者がいないとなれば目の色を変える家は多いでしょう」


 榊は澪のデスクに新たな書類を置き、真人へと振り返る。


「それほどまで真人さんも魅力的に周囲へ映ったのかもしれませんね」


 榊がにっこりと笑いかけてきた。


「嬉しくねえ……」


 とりあえず、束の一番上の手紙を手に取る。


『柴田 真人さま

 先日のガーデンパーティーではお目にかかる機会をいただき、誠にありがとうございました。


 短い時間ではございましたが、柴田様のお話を大変興味深く拝聴いたしました。ぜひまたお話を伺う機会をいただければと存じます。


 つきましては……』


 何とも達筆で……と、それ以上の感想が出てこない。

 ましてや、宛名を見ても誰からの手紙からなのすらわからない。


「……これって行かなきゃダメなやつ?」


 真人の問いに澪と榊が目を合わせた。


「そうですね、久世家としてお話をいただいている以上、誠意は必要になるかと」


 榊は肩をすくめる。


「私もお茶会ならお顔を出すぐらいはしておいた方がいいと思うわ」


 澪も申し訳なさそうに眉を下げている。


「まじか……」


 真人は手紙の束を見た。

 この誘いをすべてこなすにはどのくらいの時間がかかるのだろうか。

 しかもその間は護衛の任務に就くことができない。


「ふふっ」


 澪の吹きだす笑い声がした。


「真人さんったら真剣ね。行きたいものがあれば行けばいいわ。強制じゃないわよ」


「へ? だってさっき、久世家として…って」


「そのようなことをされていては、体が持ちません」


 榊も咳払いを一つする。

 

「んだよ、それ」


 手紙を目の前のソファーテーブルに投げ置く。

 すべてこなそうと考えていた自分に、嫌悪感が湧いた。


「お嬢様はお手紙全てに返事することすら叶いません」


 榊が手を差し向けたほうには山積みになっている封書があった。


「私の方で一読をさせていただいております。そのため殆どお嬢様の目に留まる事すらございません」


 榊が2通の手紙を澪へ差し出した。


「特に重要なもの……、今回は鳳条家と神宮司家からのお手紙でございます」


 澪がスプーンを置いて受け取った。

 真人は改めて、自分の目の前の手紙を見る。


 文字を読むのは苦手だ。

 最近、護衛をする上で読むようになった。


 それでも文字だけだと抜け落ちることが多く、榊に再度情報をまとめてもらうこともある。


「榊さん、俺宛ての手紙ってお茶会?の招待だけっすか?」


「いえ、婚約を求める手紙もございました。ご興味がおありならピックアップいたしますが?」


「いや、いい。全部捨てていいっす」


 榊がいくつか手紙をピックアップしようとするのを、真人は慌てて止めた。

 そしてチラリと澪を見る。


 真人と榊のやり取りには興味を示すことなく、手紙を読んでいた。


「険しい顔してんな」


 真人がつぶやくと澪が顔を上げた。


「そうね……。榊さん、鳳条家との会食の日程をお父様の予定も含めて調整をお願いするわ」


「かしこまりました」


 榊が一礼して、手紙を受け取る。


「親父さん、帰ってくるのか?」


 ふと、数ヶ月前に会った澪の祖母である恒を思い出す。


「年末にはいつも帰ってこられるから、例年通りなら……」


 ふーん、と真人はソファーにまた身を預けた。

 恒のような人なのだろうか。


 心の中を嫌な感情が軽く渦巻く、そんな気がした。

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