第47話 狂気の利用
あの澪が綾瀬の胸倉を掴んだ。
「答えてください、来栖という男は何者なのですか?」
緊迫した、余裕のない澪の声。
なのに、綾瀬が見ているのは澪の首元のチョーカーだ。
「落ち着け、何を見たんだ?」
澪を綾瀬から離す。
「異能者の、……被検体を探していたわ」
澪が綾瀬を睨みつけたまま言った。
「被検体って……」
そんな馬鹿な……、真人は言葉を続けられなかった。
被検体というものが何を指しているのか、一瞬分からなかった。
この現代においてそんなことがあるはずがない。
そんな考えが頭をよぎる。
「来栖は綾瀬製薬と関係があるのではないのですか?」
「ふふっ……怒っている澪さんも綺麗だよ。だから、来栖には渡したくないんだ」
話が通じない。
そう思うほど、綾瀬はうっとりと澪を見つめていた。
「来栖はどこにいるのですか?」
澪が質問を続けるも、綾瀬は答えない。
ただうっとりと澪を見るだけだ。
その目に澪を映したくなくて、澪の前に立った。
「真人さん……」
「行こう、こいつは何も答えない」
「そこをどけろ! それに汚い手で澪さんに触るな、庶民のくせに!!」
真人の背中に綾瀬の罵声が飛んでくる。
——いい加減にしろ。
ドンッ!と真人は振り返り、綾瀬を縛り付けている椅子を蹴り飛ばした。
「い、痛いじゃないか! これだから庶民は! 野蛮なやつだ!!」
床にひっくり返ったまま、椅子から動けずバタバタと喚く綾瀬に小さく舌打ちをして、真人は澪の首元に手をかけた。
「もういいだろ?」
真人は正面から澪の首に手を回しチョーカーを外した。
「澪さんのチョーカーをなんてことをするんだ!」
チョーカーをそのままゴミ箱に投げ入れる。
「うるせえ、コイツにこれは似合わねえ」
喚く綾瀬を背後に、真人は澪の顔を覗き込んだ。
追憶の影響だろう、疲労が見えるし顔色も悪い。
「これ以上相手にする必要はねえ」
「そうね、綾瀬さまは利用されただけ」
澪が小さくうなずいたのを確認して、真人はVIPルームから出るように促す。
出る直前まで背中に綾瀬の罵声が飛んできていたが一瞥して何も言わなかった。
◇
廊下に出れば、蓮が待っていた。
「終わったか。綾瀬は?」
廊下の壁から背を離し、真人と澪を出迎えてきた。
「中にいるわ、そっちは?」
「ニセ警備員は引き渡しておいた」
蓮が短く息を吐いた。
「私たちは来栖という男を探してくるわ。蓮さん、あとはお願いしてもいい?」
蓮が「任せろ」と一言。
「久世、これは貸し一つだからな」
「わかったわ、真人さん行きましょう」
人目のない場所へ行くように澪が非常階段の扉を開けた。
蓮もVIPルームへと入ったのだろう、後ろからドアを開ける音も聞こえた。
非常階段のドアを開けて中に入ると、澪は糸が切れたようにしゃがみ込んだ。
「おい!」
「……ごめんなさい、ちょっとだけ休ませて」
細く息を吐く音と、頭痛をこらえる表情の澪。
「大丈夫か?」
横にしゃがみ込み、顔色を窺えば“追憶”でかなり無理をしたのだろう。
真っ青の顔と頭痛を堪える眉間のシワ。
澪が大丈夫と言うように小さく頷いているが、すぐにでも車を回して帰ったほうがいいのではないかと考える。
「帰るか?」
澪が顔を横に振る。
そうだろうとは思ったが、本音は帰らせたくて仕方がない。
「……大丈夫。まだやらなくてはならないことがあるわ」
真人は言おうとしたことを飲み込んだ。
きっと何を言っても、澪は帰ることはしないだろう。
「無理だと思ったら、帰らせるからな」
澪は答えず、ただ微笑むだけだ。
言う事を聞く気がしない……。
ワガママとはまた違う頑固さにため息が出そうだ。




