第45話 形勢逆転
澪がそっと身体を離した。
そしてドアへと視線を移していた。
「真人さん、あれ……」
澪の視線を追うと、ドアから見える廊下には警備員2人が伸びていた。
「あー……、やっちまった」
やってしまったのは間違いないが、こればかりは仕方ない。
正当防衛だと真人は自身に言い聞かせる。
「綾瀬さまはどこまで用意をしていたの……、どんな計画を立てているのかしら」
裾を握る小さな指だけが、まだ震えていた。
その小さな手を見て、奥歯を噛み締める。
「そうだ」
ふと思い出して、ポケットを探る。
「あの部屋で、これ……見つけた」
真人がポケットからアメシストとダイヤモンドのネックレスを取り出した。
「ありがとう」
澪が嬉しそうな悲しそうな、なんとも言えない表情をした。
真人が澪の首元を見ると見慣れぬチョーカーをつけている。
「それ……」
「あ、外さなきゃ……」
澪が手を首後ろに持って行くもスナップがうまく外れないようだ。
「真人さん、見てくれる?」
澪が真人に背を向ける。
アップスタイルの髪型が少し崩れ、おくれ毛が白いうなじにかかっていた。
真人がチョーカーを見ると精巧なスナップになっており、簡単には外れそうにない。
「これ、どうしたんだよ」
スナップに手をかけて外そうとしてみた。
うまくできない。
「……綾瀬さまに付けられたの」
澪の声がポツリと小さく聞こえた。
「……取れねぇ」
精巧な留め具だった。
数度試し、ようやく小さな突起を押す構造だと理解する。
パチン、と軽い音が鳴った。
チョーカーが取れたことで肩の力が抜ける。
静かな空気が流れると、廊下から靴音が響いてきた。
そのまま開いたドアから声がかけられる。
「何をしているの? 澪さん?」
「……綾瀬さま」
澪が一歩後ろへと後ずさると真人の体にぶつかってくる。
「それ、僕が澪さんにプレゼントしたチョーカーだよね? なんでそんな男に触らせてるの?」
澪の手が自身の胸の前でぎゅっと握られている。
微かだが怯えているような、そんな様子が見て取れた。
「大丈夫だ、俺がいる」
真人は澪の肩を抱き寄せ、自分が一歩前へと出た。
「キミさ、ただの使用人のクセにさ、澪さんの触るなんてどんな神経してるの? 澪さんが汚れるじゃないか。その肩の手をすぐに放してよ」
綾瀬が一歩、部屋へと入ってきた。
「あ?」
真人は思った以上に低く不機嫌な声が出た。
コイツは何言ってるんだ?
もっとオドオドしていなかったか?
以前、久世家に来た時の様子を思い出す。
「それにさ、そのチョーカー。澪さんにつけておかなきゃダメだろう? 居場所が変わらなくなるじゃないか」
綾瀬がさらに一歩中に入ってくる。
「居場所?」
「澪さん、言ってないの? ダメだよ、ちゃんと使用人には伝えておかなくちゃ。キミがどこに行っても、ちゃんと見つけられるようにしてるんだから。GPS入りだよって」
にっこりと綾瀬が澪に笑顔を向けてくる。
抱いている澪の体がわずかに強張った。
「GPS?」
真人は自分の手の中にあるチョーカーを見た。
腹の中でふつふつと怒りが湧いてくる。
「どうしたらいい?」
真人は小さく澪に聞く。
一応、主人の意向は確認しておくべきだろう。
腹の中で怒りが湧きおこっていても、冷静であることに自分でも驚く。
「どう……って」
澪は真人を見たあとに綾瀬へと視線を移していた。
「……アンタは、久世家次期当主だろ」
真人は綾瀬から視線を外すことなくしっかりとした口調で言った。
【久世家次期当主】を使うのはずるい言い方とは分かっていたが、澪を奮い立たせるには一番の言葉だろう。
案の定、横で軽く息を吐く音を聞いた。
「捕らえて」
澪の短く、それでいて強い凛とした口調に真人は口角が上がる。
いつもの澪の声だ。
怯えもない、迷いもない。
全て行動が最善だという自信のある声。
「りょーかい」
真人は一歩踏み出し、綾瀬に近づいた。
綾瀬が身を翻して廊下を走るように逃げる。
「待ちやがれ!」
真人も追いかける。
その早さは歴然だった。
すぐに後ろ襟を掴む。
バランスを崩した綾瀬を廊下の壁に押しつける。
左手を捻り上げれば動けなくなった。
「離せっ! 使用人の分際で僕に触るな!」
「喚くんじゃねぇよ」
グッと力を込めて壁へ押し付ける。
「お前なんかが、澪さんの傍にいていいわけがない!」
綾瀬が真人を睨見つけてきた。
「どこの馬の骨かもわからないような、庶民が!!」
綾瀬はどんどんまくし立てる。
「澪さんに触れていいのは上流階級の僕だけなんだ!」
真人は何も言わずに綾瀬を冷たく見下ろす。
「澪さん1人を守れないような男は傍にいるべきじゃないんだ!」
チクリと胸が痛んだ。
反論ができない。
「それは違うわ、綾瀬さま。その点に関しては、朝倉さまと来栖さまが一枚上手でしたの」
カツカツと腕を組んで澪が廊下に来た。
久世家次期当主の微笑みを顔に貼り付けている。
「澪さん! この野蛮な男を早くどっかにやって僕と愛を語り合おうよ」
「黙れ……」
綾瀬の言葉一つ一つに嫌悪感が溢れ出てくる。
澪がこんな奴とあの部屋で二人きりだったと思うと虫唾が走る。
「そうですわね、ぜひともいろいろお話を聞かなくてはいけないことが増えましたわ」
そうだろう! とでも言うように綾瀬が真人につぶされつつも勝ちを確信したように口元が緩んでいた。
澪の後ろで床に伏せっていた警備員がよろめきながら一人立ち上がっていた。
「早く澪さんを捕まえろ!」
綾瀬が澪の後ろの起き上がったばかりの警備員に怒鳴りつけた。
「澪!!」
澪の背後から警備員2人が迫ってくる。
澪が美しく上品に振り返る。
警備員の手が澪に触れることはなかった。
「やっと来ましたのね、蓮さん」
警備員を片手で易々と床に押さえつけた蓮がそこにいた。
「久世はもう少し危機感を持てばいいんじゃないか?」
真人は蓮により、床に押さえつけられている警備員を見て安堵の息を吐いた。
「クソ……」
真人に抑えられている綾瀬が悔しそうに呻く。
形勢が逆転した。
さっきまで怯えていた少女の姿はどこにもなかった。
「綾瀬さま、いくつか確認させていただきますわ」
澪が微笑んだ。




