第43話 黄緑色の名前
廊下に飛び出し、左右を見る。
警備の人間がいない。
隣の部屋からも商談の声がしない。
人祓いをされていることに背筋が凍る。
最初から嵌められていたのだろうか。
パーティー会場はVIPルームの2階下にある。
なんとか会場まで戻れば、綾瀬も手を出すことができないはずだ。
澪はエレベーターの方へと駆けた。
現在のエレベーターの位置を確認すれば、1階のフロントにある。
ここ58階。
振り返り、VIPルームを見る。
まだ綾瀬は出てきそうにない。
澪はエレベーター横にある【STAFF ONLY】のドアを見た。
ドアを開けると非常階段だ。
非常階段から上がってくる足音が2人分聞こえてきた。
「どなたかいらっしゃいますか?」
階段を上がってきた足音は、男性2人の警備員だった。
警備員が澪の声に反応して、見上げてくる。
警備員は澪の顔を捉えた。
赤色とオレンジの混ざった色をまとう警備員。
怒りではない、焦りと敵意の混ざった——攻撃の色。
澪は身をひるがえして、階段を駆け上がった。
本能が、異能が危険を知らせてくる。
「捕まえろ! 逃がすな!」
警備員の声と共に駆け上がってくる音がした。
どうなっているのかわからない。
警備員が鳳条のものではないのは確かだ。
考えるよりも先に逃げなくては、澪は一回分を駆け上がり59階のドアを押し開けた。
廊下は照明がついてはいる。
部屋のプレートを見れば、【Meeting Room】と書かれていた。
後ろからの駆けてくる足音が大きくなる。
考える間もなく、ドアを押し開け鍵をかけた。
「はあ……」
ここにきてようやく息を付けた。
ドアに寄りかかる様にズルズルと座り込んだ。
部屋は長机があり、10人程度が入れる部屋。
息を整えるために首元に手を当てる。
コロンとダイヤモンドに指先が触れた。
——大粒のダイヤモンド綺麗だよね。それに、このチョーカーにGPSも搭載させておいた。これで、澪さんがどこに行っても僕は守ってあげられる……。
「……ッ」
悪意のないことが、こんなにも恐ろしい感情だなんて知らなかった。
気持ち悪さを覚えるこのチョーカーを外そうと首後ろに手を回す。
一人になれたことで気持ちに恐怖が戻ってきた。
震える手ではうまく外せない。
急に背後のドアが大きな音を立てて、叩かれた。
身体が跳ね上がり、反射的に立ち上がる。
「ここだ! 早く連れ出すんだ!」
綾瀬の大きな声と警備員の話声が聞こえる。
部屋の奥へと足を進め、机の陰に隠れるようにしゃがみこんだ。
「綾瀬様、ダメです。鍵がかかっています」
「クソッ! 鍵を受け取ってくる、待ってろ!」
警備員の男の声だ。
それに対して余裕のない声の綾瀬が答えている。
綾瀬の指示を出す声と足音が遠くなっていく。
ドアの前には警備員がいるのだろう。
ここまで逃げてきたものの、この先のことが何も考えられていない。
逃げる方法として部屋に閉じ籠るのは、自ら逃げ道をふさぐことでもあって悪手なのに。
と、数刻前の自分を呪う。
何も思い浮かばないほど混乱している自分を認めたくもない。
何分経っただろうか……。
外の廊下でまた足音がした。
綾瀬が戻ってきたら、次は鍵を開けられてしまう。
口元を押さえ、息を殺す。
外の廊下が騒がしい。
何が起こっているのかわからない。
恐怖が押し寄せてくる。
ガチャリとドアの鍵が開けられた。
手持ちライトが倉庫内を照らしている。
澪は足をさらに体に近づけ小さくなる。
倉庫に入ってきた人の足が止まった。
ライトが澪のスカートから顔を順番に照らした。
◇
手持ちライトが眩しくて澪は目を細めた。
「澪!!」
「……ま、ひとさん」
肩の力が一気に抜ける。
次の瞬間には、立ち上がり真人に抱きついた。
「真人さん……!」
真人から淡い黄緑の容認、安堵の温かい色が溢れる
「馬鹿、探しただろうが。……怪我ねぇか?」
真人の手が軽く澪の背に回された。
澪は真人の胸元に顔を埋める。
小さく胸の中でコクリと頷く。
安心が一気に押し寄せてきた。
同時に身体の緊張も解ける。
真人の手がゆっくり頭へと乗った。
大きな手が安心感を与えてくれる。
澪は瞳を閉じて息を吐く。
真人の鼓動がかすかに聞こえた。
「……ねえ、真人さん」
抱きしめられた安心感に身を委ねたまま、ふと気づく。
「あ?」
「初めて、名前を呼ばれたわ」
「……んなわけねぇ」
澪は小さく笑った。
真人が傍にいることの安心感に身体を離した。




