第36話 装いの夜色
日が傾き始めれば、心地よい秋の風がガーデンパーティーへ吹き込んでくる。
澪の髪をゆっくりと風が撫でつけ、毛先が風に遊ばれる。
夕日に照らされる澪に一瞬、言葉が詰まる。
「寒くねぇか?」
気の利いた言葉なんてでない。
それでも護衛として、エスコートとして気を使ってみた。
真人はスーツを着ているからさほど寒さを感じないが、澪はパーティー用ドレス。
首元も胸元もしっかりと肌を出している。
「大丈夫よ。でも、そろそろナイト用へ着替えましょう」
澪が周囲の様子を見つつ答えた。
庭園ではまだ歓談が行われているもののチラホラとホテル内へ入っていく人たちもいる。
日中のガーデンパーティーから夜会のナイトパーティーまで盛大に執り行われるだけあって、1人一部屋ホテルの客室があてがわれる。
真人は澪に腕を差し出し、庭園からホテルの中へと入っていった。
◇
さすが、久世家だ。
あてがわれていたのは最上階のスイートルーム。
鍵を開ければ、東京都が一望できるほどの大きな窓が目に飛び込んできた。
「……すげぇ」
久世家の部屋にようやく慣れてきたところだ。それなのにここはさらに別世界だった。
澪は手慣れているように部屋へと入り、部屋の電話を手に取っていた。
リビングだけでも、自分のアパートより広い。物珍しそうに部屋を物色する真人の後ろから声がかかった。
「そんなに珍しい?」
電話を終えた澪が、くすっと笑っている。
「そりゃな。スイートルームなんて一生縁がねぇと思ってた」
ネクタイを緩めて、高級そうなソファーに座る。
半日のガーデンパーティーだけでも結構な疲労感だ。
それをものともせずに、こなす澪に改めて尊敬する。
「疲れた……」
ソファーに座れば思わず、本音が漏れる。
「一時間ぐらい休憩にしましょう」
澪が慣れた手つきで部屋に置かれているピッチャーから水をコップに注ぐ。
8割ほど注がれたコップを真人へと手渡してきた。
「あ、わり」
一言断って、ありがたく受け取る。
ガーデンパーティーでは、飲み物の味すらも楽しめていなかった気がする。
食事も最初に澪と食べたきりだ。
なんとももったいないような、楽しめなかったという小さな後悔が心に残る。
コップの水を煽ると、部屋のインターホンが鳴った。
出迎えた澪とともに入ってきたのは、ブティックで澪がスカウトしていた白石。
「あんた、あの時の」
真人がソファーから顔だけ向けて白石を見た。
榊から、白石のスカウトが成功して新店舗を任せることになったとは簡単に聞いていた。
「お久しぶりです。スーツもお似合いでよかったです」
にっこりと笑う顔に、心なしか前よりもとっつきやすい。
澪と白石は話ながら隣の部屋へと移っていった。
◇
30分程度経っただろうか。
隣の部屋からは澪と白石の楽しそうな声が聞こえてくる。
ガチャリとドアが開き、二人が部屋から出てきた。
やっと来たか、何してたんだ?
そう、声をかけるつもりだった。
ドアの方を見て声をかけようとしたら、声が出なかった。
そこにはガーデンパーティーとは違う雰囲気の澪が立っていた。
深紅のマーメイドドレスに身を包んでいた。
昼間とは別人だった。
可憐さはそのままに、今目の前にいるのは艶やかな一人の女性だった。
身体の線に沿うドレスが、綺麗な立ち姿を際立たせている。思わず息を呑んだ。
同じ澪のはずなのに、別人のような感覚に陥る。
「……誰?」
わざとおどけて見せる。
「失礼よ、真人さん」
フフッと笑う澪はいつもの澪ではない気がする。
「私もお水をもらうわ」
澪がドアのところから一歩踏み出し、ピッチャーへ向かって歩く。
「ちょい!待て!!」
「え?」
真人に背を向けてピッチャーに向かった澪は腰から振り返る。
「……その背中、何だよ。」
一歩踏み出した拍子に振り返った背中の大きく開いたデザインが、思わず声をかけてしまう。
白い背中が目に飛び込んできた。
慌てて視線を逸らす。
……なんであんなに開いてんだ。
「綺麗なデザインよね」
そんなことはお構いなしに、ピッチャーからコップに水を注ぐ。
「そういう問題じゃねえ!」
「そうかしら?」
澪が白石に目を向ける。
真人も助けを求めるかのように白石を見た。
「夜会ではこのくらいは問題ないかと思います。昼間との印象も変わりますし、とてもお似合いです」
「とのことよ。私もこのデザイン気に入ってるわ」
澪は満足そうにコップの水を飲んだ。
「それでは、ヘアメイクもしますね」
◇
きっちり1時間の休憩時間で澪は昼間の上品なドレスから、夜会の妖艶な大人の魅力あふれるドレスを身にまとった。
横に流していた髪はうなじを見せるアップスタイルになっている。
「お美しいです」
白石が満足そうにうなずいた。
真人は何も言わなかった。
いや、言えなかった。
その代わり澪へ腕を差し出す。
「行くぞ」
「えぇ」
澪は短く返事をする。
真人は澪の手を取り、スイートルームを後にした。
そして、夜会の幕が上がる。




