第35話 思惑の交差
澪と真人は再び歓談スペースへと足を運んだ。
今回のガーデンパーティーで、祖母である恒から『雪代家との橋渡し』を頼まれている。
雪代家は四大名家の一つで恒の時代にはやり取りがあったとは聞いている。
近年は疎遠になっているため、その縁をもう一度結び直したい。祖母の狙いはそこなのだろう。
しかし、歓談スペースを一通り見渡しても雪代家の者は見当たらなかった。
「おい、あれ」
澪が雪代を探していると、真人が横から声をかけてきた。
「あいつ、来てるぞ」
真人の視線の先を見ると、先日屋敷へ来ていた綾瀬の姿があった。
綾瀬は紺色のタキシードに身を包み、赤いチーフを胸に入れていた。歓談しているのは40代の男性、綾瀬製薬と共同開発をしている製薬関連の人だ。
仕事となるとどもることなくしっかりと話せる意外な一面に感心する。
ただの親の七光りではないのだと、澪は認識を改めた。
「ご挨拶しとこうかしら」
「行くのか?」
あり得ないという真人の声。
「チョコレートは不慮の事故よ。一言、謝っておかなくては」
話している途中で失礼にも部屋を飛び出してしまったのだ。
「……」
「何か言いたいことでもあるなら言ってちょうだい?」
真人から不満げな青色と水色が混ざった色が溢れる。しかし、特に言葉が出てこない。
「行ってくるわ」
「わかったよ」
はぁ、とあからさまに大きなため息をついて後頭部の髪を無造作に掻く。
澪は口角を上げて綾瀬へと向かって歩みを進めた。
◇
「綾瀬様」
綾瀬が話していた相手がいなくなったタイミングで澪は声をかけた。
はい、と反応した綾瀬が振り向いてくる。
一瞬見えた表情は真面目な青年である、そんな印象を受ける顔つきだ。
しかし、澪だとわかると一気に顔面が真っ赤に染まっていく。
「くくくく久世さん!?」
そして彼から溢れる黄色の喜びが一瞬で爆発する。
あまりの勢いに一瞬だけ気圧される。それでも澪は表情を崩さず微笑んだ。
「先日は、来ていただいたのに失礼しました」
澪は頭を下げる。視界から黄色の喜びが目の端に入ってくる。
「だ、だ大丈夫です!! え、え、え、えっと、えと、久世さんおかげん、は!」
「え?」
顔を上げて思わず聞き返してしまった。また、チョコレートの時に続いて失礼なことをしてしまったと内心焦る。
「もう、大丈夫……ですかっ?」
「はい、おかげさまで。すぐによくなりましたわ。ご心配をおかけして申し訳申し訳ございません」
一礼し、にっこりと微笑めば、綾瀬はあからさまに頬を赤くする。
「こ、このあとっ、ご、ご一緒に……」
横で真人が一歩前に出る気配がした。その直後に横から大きな声も聞こえてくる。
「おーーーい! 久世ぇ!!」
その声に真人の足は止まり、綾瀬の視線は声の方を向く。
声の主はこのガーデンパーティー主催の鳳条家長男、蓮。
大きく手を振り、こっちへと歩いてくる。
澪は顔の横で小さく手を振れば、大股でこっちへとやってくる。
「なかなか会いに来ないから来てないのかと思った」
「あら、蓮さんが叔父様のそばにいらっしゃらなかったのでしょう?」
少し意地悪く返事をして軽く笑う。
「そりゃあいろんな奴が来てるからな」
ん?と蓮が綾瀬の方へと向き直る。そして人当たりのいい笑顔を向けて声をかける。
「楽しんでるか? えっと綾瀬製薬の……」
「ち、智秋です」
蓮の横に並べば、智秋はまるで小さなネズミの如く小さく見える。四大名家を前にした緊張が、その姿からも伝わってきた。
どうか、その赤らめた顔を心のうちにしまってくれたらいいのにと澪は思いつつ、蓮の腕を取った。
「おじさまが呼んでいらっしゃるのでしょう? 参りましょう」
蓮がわざわざ声を掛けに来たのは、鳳条宗則が呼んでいるからだろう。
澪が腕を取った蓮は四大名家だ、真人は後ろに控えるように立つ。澪は綾瀬に一礼をしてその場を後にした。
ある程度、綾瀬と離れたところで蓮が小さく声をかけてきた。
「なかなか変なやつに気に入られたな」
「仕方ないわ、どういう意図があってなのかもわからないですもの」
言葉をどもらせ、顔を赤くし、話すときには黄色の喜びの感情を溢れさせる綾瀬に少し警戒を覚える。
きっと久世家にとっても良くない相手なのかもしれない。
「久世が早く身を固めないから、付け入る隙を与えるんだ」
蓮が言うのは、婚約者を作れということだろう。
「私はまだ18ですわ」
「そうも言ってられないかもな。親父が目を付けてる」
思わず足を止めれば、澪の手が蓮から離れてしまう。数歩先の蓮も足を止め、軽く振り返る。
「親父が呼んでるのはそういうことだ」
蓮の表情は何一つ変わらない。
蓮自身からこぼれる感情も淡い黄緑の容認の感情を弱くまとっているだけだ。
家の決定には従うつもりなのだろう。
「そう、ですか」
一瞬だけ胸の奥がざわついた。けれど、それを表に出すことはしなかった。
澪はまた足を進めて、離れていた蓮の腕を取った。
「いいのか?」
「家のことです。私がとやかく言うことではないでしょう?」
あなたもでしょう?と言わんばかりに澪はあっさりと答えた。
横の蓮は答えずに歩みを進めた。
澪の手を取って歩く蓮。
この二人の様子を周囲はチラチラと視線を投げかけてくる。
すぐに社交界では噂にもなるだろう。
歩く二人が宗則のところへとついた。目を細めて頬が緩んでいる宗則からは黄色の喜びが見える。
綾瀬よりも優しい喜びの色。
「宗則さま、私をお呼びと伺いましたわ」
「橘家のことはありがとう。ご夫婦ともにいい顔をされていたよ」
「もったいないお言葉ですわ」
澪は宗則に勧められて横の椅子に腰を掛ける。蓮もまた、近くの椅子へと座った。真人は、会話が聞こえないあたりで待機するように、鳳条の護衛たちに止められている。
「雅臣……、お父さんはいつ帰国されるんだい?」
「父は11月から年末にかけて帰国予定ですわ」
久世雅臣、澪の父であり久世家の現当主である。この宗則とも旧知の中であるのは言うまででもない。
「そうか、じゃあそのころに一度、蓮と共に会食をしたいとお伝えできるかな。内容はそうだな……、両家の未来について話したい、といったところだろう」
直接的に言わないのは周囲の目もあるからか、澪を試しているからか。
どちらにしろ、澪はYESと答える以外はできない。
「かしこまりましたわ。父も宗則さまにお会いできるのを楽しみにしていると思います」
「その時はぜひ、澪さんも同席を頼むよ。男ばかりだと華がないからね」
宗則はいたずらっぽく笑うのを、澪もつられて「もちろんですわ」と微笑んだ。
華が欲しいだけではない。
宗則が何を考えているのか、澪にも十分伝わっていた。




