第34話 家族の本音
真人との静かな時間が流れる。
たった数分とは言え、頭痛薬を飲むと目の違和感が落ち着いてきた。
隣で真人が腕を組み、前を向いたまま口を開いた。
「……落ち着いたか?」
「えぇ、ありがとう真人さん。助かったわ」
澪はミネラルウォーターを口に含んだ。
「で? なんでそんなことになった?」
目のことを言ってるのだろう。
「慎也さまの感情が目まぐるしくて……色を見過ぎた、感じかしら」
「どういうことだ?」
「罪悪感、不安、悲しみ、苛立ち、自尊心……。次々に感情が入れ替わるの」
真人は眉をひそめる。
「そんなことあるのか?」
「あり得ない話ではないわ。人の感情は複雑に織り重なっているもの。私が見ているのはその中の一番強い感情。
その感情が慎也さまは変わり続けるの」
慎也の感情は主に自尊心と罪悪感で出来ていた。
相反する感情でありながら、弟という立場を思えば理解できなくもない。
「きっと……慎也さまは、壮一郎さまを否定したいのではなく、否定しなければ前へ進めないご自分に苦しんでいらっしゃるように見えたわ」
澪の中で答えは出た。
あとはこれを玄翠館の主人であり、2人の父親に伝えなくてはならない。
「行きましょう、真人さん」
ベンチから立ち上がる。
「もういいのか?」
にっこりと微笑む、止まっていることはできない。
ガーデンパーティーはこれだけではないのだから。
「もちろんよ、やることはまだたくさんあるわ」
真人がため息をついて立ち上がる。
「ほらよ」
真人が差し出した腕に澪はそっと手を添える。
◇
歓談席の来賓席に橘源郎は座っていた。その横には美しい薄紫の訪問着を身にまとっている女性もいる。
流水に秋草という秋を先取りした古典柄は涼しくも秋を彷彿させる美しさ。
「橘さま、ご歓談中失礼いたしますわ」
澪が声をかけると、橘が人当たりの良い笑顔を見せてきた。
「どうぞ、お座りになってください」
来賓席対面の椅子を勧められ、澪は優雅に腰掛ける。横にいる女性は60代ぐらい、その視線が痛いほど澪を見据えている。
「ご歓談中でございましたか?」
澪は女性からの視線を受け流し、微笑む。
「いえ、こちらは家内ですので」
源郎が紹介をすれば上品に頭を下げる気の強そうな女性。
「玄翠館の女将もしております、橘裕子と申します」
「奥様でいらっしゃいましたか、久世家長女の澪と申します」
挨拶をし、澪が手を挙げてウエイトレスを呼べば、それぞれにドリンクが置かれる。
真人は後ろに控えて立っている。ここは護衛としての立場を優先させるつもりなのだろう。
「主人から聞きました。うちの愚息を見定めていただいたようで」
厳かに、そして凛とした声で裕子が切り出した。
「はい、簡単ではありますがお話をさせていただきましたわ。お二人ともしっかりと考えを持たれていて、私も見習わなくてはと」
「壮一郎も、ですか?」
食い気味に源郎が口をはさんできた。
「あなた、見苦しいですよ」
裕子がピシャリと一喝する。この夫婦は妻の方が強い。
「もちろんですわ、壮一郎さまも慎也さまもそれぞれ想いがあって学んでいらっしゃるようでした」
「しかし、壮一郎はそのようなそぶりは全くございません。何をもってそう答えを導かれたのでしょうか」
裕子は毅然としているが、見えるのはオレンジの期待の色。
弟の慎也が感情を隠して対応するのはこの母親譲りみたいだ。
「壮一郎さまは見た目こそ取っ付きにくくおられましたが、それはご自身を守る仮面と同じでございました。しっかりと将来のビジョンを持たれていましたわ」
橘夫婦は顔を見合わせる。見た目の仮面は誤解を招くものだ、それで損をすることはよくある話。
でも、壮一郎はしっかりと己の一本を持っている。澪はそこを評価した。
「弟は……どうなのでしょうか?」
橘が澪へオレンジの期待の色をぶつけてくる。
「慎也さまのほうもしっかりと考えられていらっしゃいます。ただ、お兄様の壮一郎さまよりも脆い、と感じましたわ」
「脆い、ですか?」
橘が呟いた。
「慎也さまは人当たりも良く、人付き合いがお上手ですわ。ただ、お話をしているとお兄様のことになると引っかかるような感じがいたしましたの。
まるで、お兄様を差し置いていくことを気にするような」
「あの子が壮一郎を気にしていると?」
裕子が信じられないといった顔をした。
慎也が家族にすら本心を隠していることに、澪は胸が痛んだ。
「お二人は対照的でございました。壮一郎さまは一本芯が通っておりますが、人に伝えることはあまり得意ではないご様子です。慎也さまは人を惹きつける力がありますが、ご自身の心を押し殺してしまう。
お二人にはお互いに心をさらけ出して話し合う必要がありそうですわ」
澪はそうまとめてにっこりと笑った。
この家族は旅館の事、家族のことを考えるあまり自分を押し殺す癖があるのだろう。
澪には、この夫婦もまた本音を胸にしまったまま生きているように映った。
そこまで首を突っ込むべきではない、あくまでガーデンパーティーでの依頼だ。
「久世様は愚息2人とも旅館を継ぐ力を持っているとおっしゃられるのですか」
裕子が疑いの目を向けてくる。
子どもを信じられないのか。それとも、これまで見てきた子どもたちの姿から来る母親の勘なのか。
「お二人が手を取った5年後の旅館を見てみたい、そう思うほどの力をお持ちだと思いますわ」
どちらが後継者になっても旅館は回るだろう。ただ、そのためには兄弟が手を取り合う必要がありそうだ。
あとは橘家の問題だ、澪は「それでは」と一礼してその場をあとにした。




