第33話 迎え
時は少し戻り、壮一郎との話がようやく終わったところ。
真人は澪が相手を褒めるのが面白くない。
仕事とわかって割り切るにしても、話が長すぎる。
「真人さん、感情が賑やかよ?」
「んだよ、賑やかって」
感情を見られることには慣れてきた。
隠すつもりもないから構わないが、面白くない。
「真人さんも私の近くばかりにいなくてもいいのよ?楽しんできたら?」
「んなこと、興味ねぇ」
仕事できているのだ
片時も離れるつもりなどない。
「こっちに行きましょう?」
澪の手に引かれて歩く。
歓談スペースの中心の方へと向かうのは、澪に何かしらの考えがあるのだろう。
深く考えることなく、言われるがままついて行く。
「少しいいかしら。飲み物を取ってくるわ」
スッと、手が離された。
まさか離されるとは思っていなかった。
歓談スペースの雑踏に澪が紛れていく。
「え、は? 待てよ!」
声は届いたはずだ。澪は振り返ることなく進む。
――クソ、あのお嬢サマめ。
意図は何であれ、1週間前に酒入りチョコレートを食べていたり、異能の制御ができなかったり、気づけば異能を酷使して勝手に無茶をしかねないあのお嬢サマと離れてしまった。
「あんのバカ」
毒づきながら慌てて追いかけていこうと雑踏に一歩踏み込んだとき。
「今お一人ですの?」
「あ?」
ふいに声を掛けられ、振り返り視線を声の方に落とす。
そこにはピンクのパステルカラーのドレスを身にまとった可愛らしい女性が真人を見あげていた。
澪よりも背は低く、可愛らしい女の子。
手にしたシャンパンを見る限り、二十歳は越えているのだろう。
「ここに来られてからすっごく気になっていましたの。門をくぐった時に一目見て、運命と感じましたわ! でも、久世様と一緒にいらっしゃるからなかなか話しかける時がなくて。でも、今お一人になられてるから、今こそお話できるわと感じましたわ!お名前をお伺いしてもよろしくて? あ、私のことも言わなくてはなりませんわね。私は夢乃と申しますの。朝倉夢乃ですの。あら、わたくしばかり話してしまったわ、お名前をお伺いしてもよろしくて?」
怒涛の勢いで喋り倒され、思わずたじろいでしまう。
「……柴田っす」
「柴田……?」
きゅるるん、とした瞳が瞬きを数回し、下の名前を真人が言うのを待っている夢乃。
「……真人」
「まぁ! 真人さまとおっしゃるのね! なんて素敵なお名前でしょう!! 凛々しいお顔つきに、ピッタリのお名前ですわ。そうですわ、こちらにいらして。もうここのお肉は召し上がられましたの? とてもおいしいんですのよ」
夢乃は腕を絡めて、真人をぐいぐい引っ張ってくる。
「俺は、別のやつのエスコートで来て……」
「そんなの会場に入ってしまえばお相手は変わりますわ。ほら、ご覧になって? 久世様だって、別の方にエスコートしていただいているじゃないですか」
夢乃の視線をたどれば、橘慎也の腕を取って歩く澪が視界に入る。
――クソ、置いていかれた。
次のターゲットとの会話が始まってしまっている。
飲み物を取りに行ったところで話しかけられてしまったのだろうか。
自分の不甲斐なさに苛立ちが来る。
そんな真人の気持ちなどつゆ知らず、夢乃は真人の腕を取り料理のスペースへと連れて行く。
振り払えばいいのだが、相手はどこぞの令嬢。
『他のご子息、ご息女に失礼を働くことは言語道断。久世家の品格を落とすものと考えてください』
榊の言葉が頭に蘇る。
来栖に掴みかかったことによって増やされたマナー講習で口酸っぱく言われた言葉で、下手に夢乃を振り払うことができない。
視界から澪は消え、夢乃に引っ張られるように料理のエリアへと連れて行かれてしまった。
「夢乃さま、こちらの素敵な男性はどなたです?」
「夢乃さまお話したいと思っていましたの、まぁ素敵な方にエスコートをされて羨ましいですわ」
「あら皆さま、声をかけてくださってうれしいわ。こちらエスコートをしてくださってる真人さまよ。一目惚れですの」
女性特有の黄色い歓喜の声に思わず天を仰ぐ。
澪の傍では体験できないほどのマシンガントークを繰り広げるご令嬢たち。
相手のドレスを褒め、アクセサリーを褒め、歓声を上げる。
一通り褒め終われば、標的は真人に移っていく。
「真人さまはどちらのお家ですの? 久世さまとご一緒でしたけども」
夢乃からの期待の眼差しに気が参ってしまう。
「久世家の護衛を……」
「素敵ですわ! 久世家の方だったなんて!」
最後まで話を聞かない夢乃は久世という名前に盛り上がる。
「夢乃さまと久世家がこれでつながるなんて素敵ですわ!」
「護衛だなんて素敵な御役目を受けていらっしゃるのね!」
「久世家の方となると夢乃さまのご活躍がより広がりますわね!」
「お二人ともお似合いですもの、きっと皆様からの憧れの的になりますわ」
令嬢たちの話はあらぬ方向へと向いていく。
「いや、そんなんじゃねぇし……」
真人の否定に夢乃を始め、ほかの令嬢も口を噤む。
沈黙を破るかのように一人の令嬢が聞いてきた。
「……お二人はそのようなご関係ではないのですの?」
「さっき知り合ったばっかりだ」
うんざりして真人は答える。
「……わたくしたちにもまだ可能性が残っているということ?」
ポツリとつぶやいた令嬢の一言で、全員が獣を狩るような視線に変わる。
久世家と関わりのある男がフリーだとわかれば黙ってはいない。
「で、でも!! 今のエスコートはわたくしですわ! 真人さま、わたくしと一緒にあちらのテラスに参りましょう!」
「待てって……俺は……」
焦りを見せた夢乃が真人の腕を強引に取り、他の令嬢から引き剥がしていく。
真人の声など何一つ聞こえていない。
肉一つ食べれず、真人は夢乃に連れて行かれる。
夢乃の言ったテラスは歓談スペースの一角だった。
「もう、真人さまったら! ちゃんとお断りしないと他の方に目を付けられてしまいますわ!」
「いや、アンタだって……」
「夢乃、ですわ。ぜひ、夢乃とおよびくださいませ」
「……ゆめ、の」
満足げに夢乃が笑った。
この女性特有の圧にうんざりして目を逸らした。
――見つけた。
テラスの端のほうで澪が談笑している。
その表情はどこか堅く、こめかみを軽く抑える仕草が見えた。
――また無茶してやがる。
視線は澪から離れない。
横で夢乃が何か話しかけているが、耳にはほとんど入ってこない。
「うるせぇ、アイツ迎えに行く」
そう言って、夢乃の腕から強引に引き抜き歓談スペースに早足で向かった。
「……おい」
思ったよりも低い声が出た。
「あら、真人さん」
勝手に離れていったこと。無茶をしていること。見失った自分への苛立ち。
それなのに澪は何事もなかったように振り返る。
……余計に腹が立つ。
澪はまだ慎也と話を続ける。
自分を紹介されても何も嬉しくもない。
頭だけ下げて、澪へと視線を向ける。
「飲み物を取りに行くだけだったんじゃねえのかよ」
「そのつもりでしたのだけど、慎也さまとのお話がとても楽しくて」
ね?と慎也に対してにっこりと澪は微笑んで別れの挨拶をした。
一礼して、当たり前のように真人の腕を取ってきた。
真人は慎也を一瞥すると、そのまま歩き出した。
腕越しに細く息を吐く気配が伝わる。
――やっぱり無理してやがる。
「ま、真人さん少し早いわ……」
考えすぎていて見えていなかった。
「わり」
小さく謝ってペースを落とし、澪を休息できそうなベンチへと座るように促した。
「……限界だったろ」
声をかける前にウエイトレスから受け取っていた冷たいミネラルウォーターを渡す。
「……どうして?」
「顔色、悪くなってる。……追憶、じゃないんだよな?」
追憶は一日に何度も使えない、今使っていたら夜まで身体が限界を迎えるかもしれない。そんな不安がよぎる。
「ええ、慎也さまの感情が目まぐるしく変わって、負担になったみたいだわ」
「ならいい」
追憶ではないことを知って息を吐いた。最悪の事態にはならないらしい。
「後で文句言わせてもらうからな」
澪の横に座り、夢乃のことを思い出す。考えただけで頭が痛くなる。
「楽しんでもらえたかしら?」
そんなわけない。
夢乃の賑やかさより、隣で静かに水を飲む澪のほうが性に合う。
そんなことを、ふと思った。




