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あなたの色が見えなくなるまで~名家の令嬢は、その気持ちを恋とは認めてあげません~  作者: 黎明 あかり
ガーデンパーティー編

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第31話 紺色の矜持

「橘さま、お飲み物はいかがですか?」


 澪は左手に持ったフルーツスパークリングのグラスを掲げ、声をかける。


「あ……あなたは」


 橘壮一郎、橘家の長男は急に声をかけられて姿勢を正すように澪へ向き直ってきた。


「久世家長女の澪と申します」


 にっこりと微笑む澪。

 壮一郎は丁寧に一礼をして澪の手からグラスを受け取る。


 金髪で人を寄せ付けない雰囲気を持ちつつも、丁寧な仕草ひとつひとつに意外の念を抱く。


「素敵な時間を過ごされていますか?」


 澪がそう言ってグラスを掲げる。

 壮一郎も一瞬戸惑った後、静かにグラスを持ち上げた。


「お気遣い、ありがとうございます」


 一口、壮一郎が飲み物を口に含む。


「険しい顔をされていらっしゃったので、何か思うことがおありなのかと」


 澪も倣って一口飲んだ。

 炭酸が口のなかで軽くはじける。


「そういうわけでは……。久世、様こそこんな小さい家門の私に何か……?」


「いえ、お一人でいらっしゃったので。私も静かにご一緒させていただこうかと思いまして」


 澪は静かに周囲へ目を向ける。

 歓談の中央は若い世代が意見交換や事業拡大の思惑で様々な感情の色が飛び交っている。

 しかし、スペースの端っこにいる隣の青年からは感情一つ変えず、じっと佇む淡く静かな深い青の哀愁。


「お疲れなのかと思いましたの」


「そういうわけではないのですが」


 壮一郎の視線が自然と歓談スペースの中心にいる弟へと向けられる。


「あちらは弟さんでしたかしら?」


「あぁ、はい。私よりも出来るヤツです」


 深い青色が諦めたように深く強い色へと変わっていく。


「人の中心にいる方なのですね」


「えぇ、私と違って人付き合いが上手でして」


「私はどちらかといえば、壮一郎さんと同じ、人付き合いは苦手な方ですわ。歓談スペースに行くよりもゆっくりと話したいのです」


 壮一郎から驚きの水色が向けられた。


「意外ですか?」


 ふふっと肩をすくめて笑えば、硬かった壮一郎の表情も少しだけ和らぐ。


「意外、ですね。四大名家と称されていて、いつも中心にいるような方のイメージですから」


「人は時にして、仮面を被っているのです。壮一郎さまも髪色を変えて仮面を被っていらっしゃるのでしょう?」


 水色の驚きの感情が大きくぶれた。

 金髪に明るくしている髪色は、自身を隠す仮面のようなもの。


「事業のお話などをお聞きしたくて」


 ピクリと壮一郎の肩が揺れる。

 青色がゆらぎ、オレンジ色の関心が表立って出てきた。


 やはり好きなのだ。この橘家の長男は、旅館という仕事を。


 にっこりと微笑む澪は壮一郎をまっすぐと見て、もう一度伝える。


「壮一郎さま、事業のお話をお聞かせいただけますか?」


 口がまごつく壮一郎ににっこりと微笑む。


「……私で良ければ、ぜひとも」


 壮一郎が頭を下げてくる。澪は満足気に微笑む。

 最初は差し障りのない会話から徐々に核心へと向かっていく。

 会話を重ねるうちに、壮一郎も饒舌になってきた。


 壮一郎の想像以上の知識量。これは付け焼刃で身につくものではない。

 料理、観光、温泉、従業員どの話をとってもしっかりした回答が返ってくる。


「さすがでございますわ。壮一郎さまはご実家の旅館を大きくされる予定ですの?」


「いえ、古き良き伝統を守るほうが大切なので大きくよりも、人に来てもらいたい…です」


「人はどうしても新しいものへ目を向けてしまいますわ。だからこそ、変えないという選択には強い信念が必要ですわ」


「弟がそうです、人は大きく新しくを求めてしまいますから」


 本気で旅館のことを考えていなければ、ここまでの知識は身につかないだろう。


 会話に終わりが見えてきたころ、澪の背後からひしひしと不機嫌な淡い赤色の苛立ちを感じた。


 真人の方をチラリと視線を向ければ、放ったらかしにされて不機嫌そうだ。そろそろ時間だろうか。


 壮一郎に向き直ると、もう一つ淡い赤色の苛立ちの感情がぶつけられていた。


 真人よりもあからさまに隠すつもりもないほどの苛立ち。


 壮一郎に返答をしつつ、周囲を見渡せば壮一郎の弟――慎也から発せられている。


 兄に対する青色と赤色の混ざった妬みの感情。


 きっと壮一郎と離れたらすぐに声をかけに来るだろう。


 獲物は簡単にかかるものだ。

 心の中でほくそ笑む。


「壮一郎さま、とても楽しいお話ができましたわ。ぜひ、旅館へ伺わせていただきます」


「こちらこそ、聡明なご令嬢とお話ができて楽しかったです。旅館を挙げておもてなしいたします」


 互いに礼をし、澪は真人の腕を取った。


「真人さん、感情が賑やかよ?」


「んだよ、賑やかって」


 真人がムスッと眉間にしわを寄せる。

 わかっているはずなのに、認めたくないのかもしれない。


「真人さんも私の近くばかりにいなくてもいいのよ?楽しんできたら?」


「んなこと、興味ねぇ」


 とはいえ、弟のほうは真人がいると話しかけてくることはなさそうだ。


「こっちに行きましょう?」


 しかたない、澪は真人に熱いオレンジの関心ある視線を送っている令嬢がいる方へと歩みを進める。

 少しの間だけ、傍から離れてもらおう。


 真人は言われるがままついてくる。


「少し待ってて。飲み物を取ってくるわ」


 真人の腕から離れ、ウエイトレスへと歩みを踏み出した。

 背後から、真人が制止する声が聞こえたが、あえて聞こえなかったふりをする。


 次はあの弟と話さなくてはならない。


 澪は視線を弟の慎也へと向けた。向こうも意識をしていたのだろう、視線が交わり人懐っこい笑みを向けて近づいてくる。


 置いていかれた真人が追ってこないということは、他の令嬢に捕まっているころだろう。


「久世様、お話よろしいですか?」


 澪が一人になったところを狙ったように、慎也が声をかけてくる。

 澪はにっこりと微笑み答えた。


「私も、お話したいと思っておりましたの」


「兄のこと、お気に召しましたか?」


 にっこりと微笑めば、差し出された慎也の腕を取り歓談スペースへと歩みを進めた。



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