第30話 歓談の輪
腹ごしらえを終えた2人は並んで歓談の輪へ足を向けた。
つい先ほどまで料理を勧めて笑っていた澪は、たった数歩だけで久世家の令嬢へと戻っている。
背筋はすっと伸び、貼り付けた微笑みは柔らかいまま隙がない。
——切り替えが早い。
家で見せる素の表情を知っているからこそ、その違いがよく分かる。
これが久世家令嬢の久世澪。
澪の腕を取り、今回の主催である鳳条家の当主、鳳条宗則のところへと向かう。
「宗則さま」
澪が声をかければ、歓談していた宗則が体を向けてきた。
「おお、澪さん。よく来てくれました」
「ご招待ありがとうございますわ。お日柄もよく、ガーデンパーティー日和ですわね」
「もちろん、私が晴れ男でありますから」
2人して笑い合う。
「蓮は…、澪さんがいらっしゃったのにどこに…」
宗則が周囲を見渡すも鳳条の長男、蓮の姿は見当たらない。
「宗則さま、大丈夫ですわ。パーティーは長いのですもの、後ほどご挨拶します」
「そうですか、愚息がおらず失礼しました。
澪さんのエスコートは無事に決まって良かった、愚息にと思っていたんですがね」
宗則の視線が真人を上から下までなぞる。
「蓮さんにエスコートをお願いするなんて申し訳ないですわ。こちらはエスコートをお願いした柴田真人さんですの」
「君は……、レセプションの時に護衛としていませんでしたか?」
覚えられていたことに驚きつつ、「っす」と軽く頭を下げて応えるしかできない。
「……失礼ながら、護衛の方がエスコートというのは珍しいものでして。」
棘はないものの、言いたげな物言いに内心ムッとなる。
「お気遣いありがとうございます。それでも、今の私には彼以外おりませんの」
澪がそっと真人へと体を寄せてくる。
苛立つ気持ちも澪の肯定する一言で消えてしまう。
「そうですか。がんばりなさい、牽制にはなるだろう」
宗則が真人の肩に手を乗せる。
「牽制、っすか?」
「あぁ、今日は澪さんに縁談を申し込もうとする男たちが多いだろうからね」
そういうことか、と納得する。
榊のマナー講座ではそこまでは教えてもらえていなかった。
「かく言う私もだ。澪さん、また後ほどお話を」
澪はにっこりと笑って答える。
「もちろんですわ」
宗則はそれに満足をしたようだ。
「話は変わるのだが、澪さん。久世家にご紹介したい方がおられましてね」
宗則がさっきまで話していた男性を手招きした。
歩いてきた男性は60代後半といったところだろうか。
白髪交じりの髪をきっちりと撫でつけ、年季の入った濃紺の和装を品よく着こなしている。
「こちら、橘源郎さん。私の古くからの友人でね。玄翠館のご主人です」
「はじめてお目にかかりますわ、久世家長女の澪と申します」
橘源郎と紹介された男は柔らかく頭を下げた。
「橘と申します、久世様のご息女のお噂は伺っております。なんでも人を見る目が確かだとか」
「もったいないお言葉ですわ。久世家としての役割を果たさせていただいております」
真人は澪の仕事になりそうな雰囲気を察して一歩下がる。
「実はですね、うちの息子たちを見ていただきたいのです」
橘は言いにくそうに、声を落とした。
「お恥ずかしい話、後継者問題でして。2人の息子どちらに後を継がせるべきか決めかねております」
橘は言葉を切る。
「さようでございますか。多くのお家ではご長男に後をと考えられますが、橘さまはしっかりとお人柄を見られるのですね」
澪の返事は差し障りの無いように見えるが、きっと色を見ているのだろう。
褒められたら相手はどう出るのか。
真人もようやく澪の言葉ひとつに意味を考えるようになってきた。
「いえ、そういうわけではないのです。優秀なのが次男でして、長男に任せることの不安がございます。ただ、次男で本当に良いのかという、漠然とした不安もありましてな……」
何か訳ありのようだ。
どちらにも任せられない、そんな風に言っているようにも感じる。
「そこで、私が澪さんを紹介させてもらったんですよ。どうかな、澪さん。今日は息子さん二人とも来られているからちょいと見てやってくれませんか?」
宗則が間を取り持つように割って入ってくる。
「もちろん、お礼の方はさせていただきますので」
「お礼など気になさらないでくださいませ、宗則さまからのご紹介ですわ。私がお役に立てるのであればお引き受けいたします」
澪は橘家の2人の息子の情報を簡単にだけ聞いて、一礼をして下がっていった。
◇
2人は宗則と橘からある程度離れて歓談スペースの端へと身を寄せた。
「ガーデンパーティーでも仕事かよ」
思わずため息が出る。
澪の仕事には休息というものはないのだろうか。
「珍しくはないわ」
澪は答えながら周囲へ視線を巡らせ息子2人を探す。
「このような場でないと鳳条家を間に挟んでの依頼なんてできないもの」
なるほど、鳳条家の紹介なら簡単には断れないというわけか。
鳳条側にも何かしらメリットがあってのこの話だろう。
真人は視線を澪から歓談スペースへと移した。
歓談スペースの一角に、依頼の対象である橘家の兄弟がいた。
歓談の輪から少し離れ、植え込みを背に一人立つ男。
長男の壮一郎だ。
濃紺のスーツを隙なく着こなしているものの、その表情は硬い。
金髪に、切れ長の目。
周囲へ壁を作るような雰囲気を纏っている。
対して、次男の慎也は自然と人の輪の中心にいて来賓と笑顔で話していた。
黒髪をきちんと整え、柔らかな笑みを絶やさない。
誰に声を掛けられても穏やかに応じ、身振り手振りも上品だった。
「あっちが次男か。いかにも……って感じだな」
真人が小さく呟く。
「随分印象が違うな」
兄が近寄り難い空気を纏うのに対し、弟は誰からも好かれそうな好青年だった。
後継者と言われれば、多くの者は迷わず弟を選ぶだろう。
「それでも、橘さまは何かで決めかねていらっしゃるのよね」
澪は歓談スペースの2人を見て、一歩足を踏み出した。
真人もその背を追いながらまた一歩踏み出す。
ガーデンパーティーでの最初の仕事が始まる。




