第23話 二つの宝石
「私のエスコートをしてもらうからカラーを合わせたスーツをお願いしたいの」
このお嬢サマは思いつきで、こんなぶっ飛んだことを言うやつだったか?
真人は頭を抱える。
エスコートなんて出会った最初のとき以来していない。
それどころか、マナーの1つも知らない。
あの厳しい榊のマナー講習が追加になる可能性がある。
そんなことは露知らず、白石は布をいくつか持ってきた。
黒、茶色、グレー、紺、紫。
色の正式な名前はわからないが白石が澪への説明をしている。
澪が真人を見てきた。
「真人さん、好きな色はある?」
「ねぇよ」
ファッションには興味がない。
強いて言えば、黒は着やすいから持っているぐらいだ。
澪の視線が真人をなぞっていくのは何となくこそばゆい。
「……私、真人さんは紫なのよね。これにしようかしら」
澪が艶やかな気品のある紫の布を手に取る。
「ロイヤルパープルですね、夜会のボルドーと並ばれると映えると思います」
白石が目を輝かせて賛同している。
「これで仕立ててください。3着とも1ヶ月ぐらいでできるかしら?」
「最善を尽くします」
いつの間にか白石の緊張はなくなっているようだ。
真人は抵抗する間もなくされるがまま、スーツの採寸へと連れて行かれた。
◇
採寸が終わり、澪のところへ戻ると見慣れぬ男と澪が歓談していた。
澪が真人に気づいて微笑む。
「お疲れ様、真人さん。こちらは宝石商のリチャード・飛鳥さまよ」
「久世様の護衛の方、初めてお目にかかります」
高級スーツを着こなしたジェントルマンという言葉がしっくりくる初老の男性だ。
恭しく頭を下げるリチャード。
真人もつられて浅く頭を下げる。
「榊さんの幼なじみなの。久世の専属宝石商でいつもお願いしているの」
「えぇ、お嬢様がミルクを飲んでいた頃から知っております。
あんなかわいらしい天使が今ではもう美しい女神になられて。リチャードは鼻が高いですよ」
「リチャードさん、それは言い過ぎだわ」
澪とリチャードが楽しそうに笑い合う。
新しい濃いキャラに真人は「はぁ……」としか返せなかった。
一通り歓談が終わると澪が商談へと移る。
「リチャードさん、真人さんにタイピンとかもあるかしら?」
ほう、と目を細めて真人を一瞥するリチャード。
「もちろんございます。スラッとした方なのでシンプルな物がよろしいかと」
鞄から重厚なケースが出てきて、蓋を開ければズラリと洗練されたタイピンが並べられている。
「そうね……、ジュエリーもワンポイントで入れられる?」
「もちろんでございます」
澪はタイピンを一つ一つ見比べ、真人と交互に見ていく。
「ねぇ真人さん、私のイメージジュエリーとかある?」
急に話を振られた真人は考える。
ジュエリーとか知らねぇ。
「……ダイヤ?」
「いい視点でございますね、何にも染まらない女神で高貴なお嬢様らしい」
合っていたようだ。
真人が宝石に興味がないことにリチャードが気づいてくれていたのだろうか、フォローをしてくれたことに胸をなで下ろす。
「じゃあリチャードさん、このタイピンにダイヤモンドをあしらってください」
澪が1つのシンプルなタイピンを手に取る。
「ダイヤモンドを、でございますか?」
リチャードも思わず聞き返した。
真人も首を傾げる。
澪のイメージの宝石をわざわざ真人のタイピンに入れるのは何故だ?
「かしこまりました」
何か感づいたのか、リチャードは満面の笑みでタイピンを受け取った。
「私にはアメシストとダイヤモンドでネックレスをお願いします」
「デザインはいつものように?」
「えぇ、お任せするわ」
「では、ドレスに合わせてアメシストは小粒のものにいたします。ダイヤモンドを主役としておきましょう」
リチャードがメモ帳に書き込んでいく。
「なぁ、俺のタイピンだろ?」
「えぇ、そうよ」
「ダイヤを入れる必要ねぇだろ」
「真人さんは私の護衛って意味よ」
澪がにっこりと笑った。
「――は?」
「真人さんが宝石を選んでくれたでしょう?だから、タイピンにも入れるの」
ふふふっと嬉しそうに笑う。
「……っ」
この、お嬢サマは意味をわかって言っているのだろうか。
自分のイメージジュエリーを男のタイピンに入れるという意味を。
「とても素敵だと思います。お嬢様イメージの宝石をあしらわれると、専属護衛らしさもございます。
それならば、カフスにもダイヤモンドをあしらっておきますね」
リチャードがここぞとばかりに乗っかってくる。
「えぇ、派手すぎなければいいわ」
「かしこまりました。お嬢様、もしやアメシストは?」
「えぇ、真人さんのイメージよ」
つまり、このお嬢サマは俺のイメージジュエリーを身につけるつもりだ。
恥ずかしげもなくサラリと言ってのける。
「さようでございましたか、しかし何故アメシストかとお聞きしても?」
「できれば、濃い紫がいいの。私が初めて真人さんを見たときの印象が紫なの」
リチャードには意味が伝わらないだろう。
澪が言うのはきっと感情の色を見たからだ。
真人にだけわかるような言葉を選んだのは意図的なのだろうか。
……たらしかよ。
あの時の感情、何だったのだろう。
紫とは何の感情なのか、真人にはわからない。
ただ、あの頃は全てに無気力だったのは確かだ。
今ほど充実しているのも、このお嬢サマのおかげなのかもしれない。
「だから、スーツもロイヤルパープルを選ばれたのですね」
横から白石も口を挟んできた。
「そうよ。私にとって真人さんといえば紫だもの」
終始楽しそうな澪を見るとむず痒くなる。
「……そうかよ」
恥ずかしさに視線を逸らす。
リチャードが目を細めて口角を上げているのが視界の端に映った。
きっと榊にも話が行ってしまうだろう。
今日は、このたらしのお嬢サマに振り回される日だ。




