第22話 ドレス
真人に追憶を途中で止められたことに少しだけ、腹が立つ。
榊でさえ苦言を呈すことはあっても、止めることはしてこなかった。
チラリと真人へ視線を向ければ、淡い黄色の平穏が滲んでいる。
異能を止めたことによる安心感でもあるのだろうか。
今はそれよりも白石のほうが気になっていた。
他の店員たちが優越感や競争心を滲ませる中、一人だけ違った。
白石から溢れるのは服への純粋な愛情。
その愛に時折混ざる濃い緑の不安。
"追憶"で見えたのは職場での陰湿な空気だった。
真人に止められなければもっと深く知ることができたのに。
白石の方を見れば、クロークから服への愛が溢れているのが色でわかる。
思わず、頬が緩んでしまう。
「何笑ってんだ?」
さっきまで“追憶”を邪魔されてムスッとしていた顔から、頬が緩んでいるのだ。
真人が怪訝そうな顔で澪を見てきた。
「白石さん、とても素敵だわ。愛の感情が溢れんばかりなの」
澪はクロークを見た。
つられて、真人の視線もクロークへ向かう。
ちょうどクロークから白石が2着のドレスを手に出てきたところだった。
「お待たせいたしました」
おずおずと、それでいてどこか楽しそうな表情に期待が満ちる。
白石は一着目のドレスを丁寧に広げた。
「こちらはガーデンパーティー用です」
柔らかなシャンパンベージュのロングドレス。
光沢を抑えた上質な生地に、裾へ向かうほど繊細な花の刺繍が施されている。
胸元はすっきりとしたボートネックで、肩や首筋を上品に見せるデザインだ。
「屋外では自然光が当たりますので、強い色味よりも、お肌を明るく見せるシャンパンベージュを選ばせていただきました」
白石は少し緊張しながらも、ドレスへ優しく手を添える。
「刺繍も近くでご覧になる方には華やかに映りますが、遠目には派手になりすぎません。
久世様のお立場を考えますと、品格を保ちながらも親しみやすさを演出できるかと……」
一度息をつき、続ける。
「また、ウエスト位置を少し高めに設定しておりますので、歩かれた際のシルエットが非常に美しく見えるスタイルになっております」
視線をそっと澪へ向ける。
澪は何も言わず、ドレスに近付き刺繍をなぞる。
綺麗。
ゴールドの糸がキラキラとしている。
しっかりと考えられている、さらに自分の立場までも加味してドレスを選んでいることにも驚く。
「もう一着も見せていただけますか?」
「あ、は、はい!」
白石はドレスをフックにかけ、もう一着を手に取る。
「そして、こちらが夜会用でございます」
深みのあるボルドーのマーメイドドレス。
身体のラインを美しく見せるシルエットでありながら、過度な装飾はなく、艶やかな生地が気品ある光沢を放つ。
「夜会では照明が主役になりますので、昼とは印象を大きく変えられるよう、深みのあるボルドーを選ばせていただきました」
白石はドレスの裾をそっと整えながら続ける。
「マーメイドラインは大人びた印象を与えますが、装飾は控えめのものです。
久世様の落ち着いた雰囲気と、凛とした佇まいを引き立てられると考えました」
白石は少しだけ表情を和らげる。
「昼は柔らかく親しみやすいご令嬢として、夜は久世家を代表する女性として。
お召し替えいただくことで、お会いになる方々へまったく異なる印象を残せるかと思います」
いかがでしょうか?と恐る恐るといった顔で白石は澪を見てきた。
澪はじっと白石を見た。
20代前半の初々しさと服を語るときの愛は本物だ。
そして好きだけでは補えないしっかりとした知識も備わっている。
「両方いただくわ、それにしてください」
「え、は、はいっ、え、他のドレスはご覧にならないんですか?」
即決にたじろぐ白石。
「それが一番だと思ったのでしょう?」
「あ、はい。間違いなく久世様にお似合いになると思います」
「なら、それがいいわ」
澪はにっこりと微笑んだ。
「それともう一つ、真人さんにもひとつ仕立てて欲しいの、できるかしら?」
「護衛の方に、ですか?」
白石は目を瞬かせた。
「ええ、私のエスコートをしてもらうからカラーを合わせたスーツをお願いしたいの」
「は?!」
白石の声よりも先に真人の素っ頓狂な声が部屋に響いた。
「エスコート!?俺は何も聞いてねえ!」
普段クールで動じることも少ない真人が、大きく動揺するのは少し新鮮だ。
その様子に可笑しさがこみあげてくる。
「ふふ、今言ったもの」
澪は口を押えて意地悪く笑う。
さっきの“追憶”を邪魔された仕返しだ。
「私はエスコート役も探していたし。真人さんは護衛として近くにいられるわ。一石二鳥でしょ?」
「エスコートなんてしたことねえぞ」
「大丈夫よ、私がいるから」
澪は自信満々に答える。
「それに、今の私の横にいるのは真人さん以外考えられないわ」
この数日、自分のエスコートの相手を探していた時もしっくりくる相手がいなかった。
家柄で決めるといろいろな憶測が飛び交う。
申し出から選ぶとその相手が特別に見られてしまう。
その点、護衛である真人なら問題ない。
多少の噂が流れていても身内だけでのことだ。
我ながらいい案だと澪は満足そうに真人を見て、白石に布を持ってくるように頼む。
「ストレッチの利いた布がいいわ、護衛としての動きを邪魔しないような」
「かしこまりました」
白石はバタバタと布を用意し始めた。
エスコート役に任ぜられた当の本人だけが置いていかれていた。




