第20話 橙の視線
招待状を受け取り、宗則や蓮へ一礼し離れると、真人に目線を向ける。
「持っておいて」
「……へいへい」
澪はスッと真人に渡す。
嫌そうな顔をしつつも受け取る真人。
「行くのかよ」
「当たり前でしょ、目の前でお断りなんてできないわ」
また紫。
真人がすぐ嫌悪感を出すのは感情のクセなのだろう。
澪は見えた色をスルーして周囲を見る。
チラチラと自分に向けられる興味のオレンジ色の濃淡の視線を感じつつ内心ため息が出る。
――久世家の令嬢として。
澪は静かに一歩を踏み出した。
少し歩けばすぐに囲まれる。
「澪さん、お会いしたかったわ」
一番に声をかけてきたのは、橋宮家の息女。
「橋宮さん、お久しぶりですわ」
「今日もお美しくて」
この人は苦手だ。
常に赤と紫の軽蔑の感情を向けてくる。
何かが気に食わないのだろう。
「橋宮さんのほうが素敵なお洋服を召されていて、とてもお似合いですわ」
そう褒めれば黄色の喜びの感情に変わる。
これでいい。
次の声へと目を向ければ、國田家の双子の令嬢が羨望の眼差しを向けている。
とても濃いオレンジに圧倒されつつにっこりと微笑む。
「國田さん、お父様のお加減もよろしくなられましたか?」
「はいっ、澪さまがご紹介くださったお医者様のおかげで」
「今では執務に少しずつ戻ってきておりますわ」
嬉しそうな双子を見れば心から良かったと思える。
「それはよかったですわ、またお会いしたいとお伝えください」
澪の周りを囲う令嬢たちと一通り話し、飲み物を受け取りに行けば年配の男性に話しかけられる。
信頼の黄緑が澪の足から頭までをなぞっていく。
「ご無沙汰しております、三津野さま」
「お久しぶりですな、久世様。今日はお一人で?」
「えぇ、父は本日も海外におりまして」
今日何度目になるかわからない父親のことを答えていく。
「先ほど、鳳条さまからガーデンパーティのご招待を受けられておりましたな」
側で聞き耳を立てている他の家の者もいるのに大きな声で話をする三津野。
「えぇ、大変光栄なお話をいただけましたわ」
「もしよければ、我が息子にエスコートさせていただけないでしょうか?」
恭しく頭を下げてくる三津野。
招待を受けていないから、エスコートとして参加する気なのだろう。
「せっかくの素敵なお申し出、ありがとうございます。
ただ……、申し訳ないですわ。もうエスコートのお相手は決まっておりますの」
眉を下げて断る。
決まっているわけではないが、招待を受けていない者を連れて行く気はさらさらない。
三津野が名残惜しそうに挨拶をして去っていく。
澪が一息つこうとした、その時だった。
ふと、視線を感じて顔を向ける。
そこにいたのは綾瀬智秋。
急成長を続ける綾瀬製薬の御曹司で、最近では政財界でも名前を聞くことが増えてきた青年だ。
その息子、智秋からは喜びの黄色に混じる驚きの青…、歓喜の感情が溢れ出る。
「あ、あ、あのっ、久世さんっ」
どもりながらも三津野と話しているところに割り込んでくる智秋。
三津野に断りの言葉を入れ、澪は智秋へと向き直る。
「綾瀬さま、1年ほど前に講演会でご一緒させていただきましたわね。お変わりありませんか?」
「お、覚えてくださって、光栄…です!!」
喜びの黄色が見る間に濃さを増していく。
「いえ、あの時はとても面白い視点をくださったのでまたお話したいと思っておりましたの」
差し障りのない言葉で相手を褒めていく。
「あ、あ、ありがとうございますっ!!
次のガーデンパーティでもぜひ、お、お話しできればっ!」
智秋も招待状を受け取っていたのだろう。
「まぁそれはガーデンパーティが楽しみになりますわ。またお話しましょう」
ガーデンパーティでも関係作りができると踏んだ澪は今はこの程度で切り上げる。
智秋に一礼し、背を向ければ真人と目が合った。
また、嫌悪の紫。
「真人さん、顔が怖いわ」
「……あいつがいけ好かねぇ」
睨むような視線はもともとだが、さらに目が鋭くなっている。
特段、失礼な人ではなかったはずなのに。
真人はなぜか、珍しく警戒していた。
「次に行きましょう?」
おそらく、智秋がこの真人の視線に恐怖を覚えるのも無理はない。
目の端で恐怖の緑を見たこともあり、足早にその場を去る。
「澪さん」
足早に歩いていると柔らかく声がかけられ、振り返る。
そこには訪問着に身を包んだ神宮寺詩織が微笑んでいた。
「詩織さん、お久しぶり。お元気だった?」
神宮寺は久世、鳳条と並ぶ四大名家の1つ。
お茶の家元で飲食業を手広く扱っている。
その傍ら、神社の神主もしている一族。
「えぇ、澪さんもお変わりなさそうで」
「詩織さんも。今日はお一人で?それとも、伊織さまと?」
「兄と一緒ですわ。今、蓮さんとお話されているの」
2人して中央の壇上をみれば、蓮と物腰柔らかな男性がニコニコと話をしていた。
「相変わらず仲の良いおふたりね」
澪がふふっと笑えば詩織も一緒に笑う。
名家同士、昔からの馴染みがあるのは心地よい空気だ。
「詩織さんもガーデンパーティのご招待を受け取られたの?」
「もちろんですわ。なんでも今回はお若い方がメインのパーティと伺いましたし」
なるほど、宗則はそう言って若者を集めているのかと納得する。
「それなら雪城家にもお声掛けしてるのかしら?」
澪はもう一つの四大名家の雪城を思い浮かべる。
「蓮さんが雪城家にもぜひとお話されていましたわ」
詩織が可笑しそうに口元を押さえて笑う。
「さすが蓮さんね。よほど四大名家が集まるのがうれしいのかしら」
ふふっと2人で笑い合う。
会話もそこそこに2人はガーデンパーティで会うことを約束し離れていく。
詩織もすぐに別の人に捕まり、澪もまた次の人からエスコートの打診を受けていた。
◇
18時ちょうどにパーティの終わりのアナウンスが流れる。
そそくさと帰る者もいれば、歓談を続けている者もいる。
「真人さん、帰りましょう」
澪は他に話しかけられる前に会場を後にする。
「く、く、久世さん!!」
振り返れば綾瀬智秋が小走りできた。
真人から警戒の赤色が見えるのを、一歩踏み出し制止する。
「綾瀬さま、どうされたのですか?」
「え、えっと……ガーデンパーティのエスコートを、僕にお願いできませんか……っ」
濃い黄色の恍惚が智秋から溢れ出ている。
「申し訳ないですわ、もう先約がありまして。またパーティでお会いしましょう?」
では、失礼します。と澪は踵を返した。
真人が一瞥するのも目の端で捉えたがあえて何も言わない。
止めても無駄と諦めている気持ちもある。
ホテルのエントランスから出ればすぐにボーイによって久世家の車が横付けされる。
澪が乗り込めば、運転席の榊がペットボトルの水を手渡してきた。
「お疲れ様でございます、お嬢様」
「ありがとう、榊さん」
水を流し込めば、喋り疲れた喉が潤っていく。
たくさんの感情を浴びたとはいえ、今回はそんなに辛くもない。
「9月の半ばにガーデンパーティだそうよ、予定を組み込んでおいてください」
澪の言葉に真人が内ポケットから招待状を取り出し、榊に渡す。
「かしこまりました」
丁寧に受け取り、懐へ仕舞えば車がゆっくりと発進する。
澪の反対のドアから入り、横に座る真人が口を開いた。
「なぁ、エスコート全員断ってたけど本当に蓮ってやつと行く気なのか?」
「蓮さんとは行かないわ」
「先約があるって全員断ったじゃねぇか」
「……先約なんてないわ、社交辞令よ」
ふふっと笑って真人を見た。
先約があることを真に受けている真人が少し面白い。
んだよ、それ。と澪から顔をそらして外を真人は見始めた。
澪も真人から視線をそらして外を見る。
夏になろうとしている夕方の空がオレンジ色に染まっていた。
車窓の向こう、夏色に染まる街並みを眺めながら、澪は静かに目を伏せた。
「……今日は、オレンジだらけね」




