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あなたの色が見えなくなるまで〜名家を統べるご令嬢は、過保護な専属護衛に手を焼かれる〜  作者: 黎明 あかり
ガーデンパーティー編

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第19話 招待状

梅雨が明け、夏の日差しが澪の書斎を照らしている。


一週間前、桐谷夫妻から依頼された件は、情報部の調査によって無事に片付き、報告も終えている。


だが、夏の陽気な気候とは反対に澪からは大きなため息が漏れた。


「はぁ……」


「何度ため息しても変わらねえだろ」


真人はスマホの画面から目を上げ、デスクに座る澪を見る。


澪の前には一通の招待状が来ていた。


「そろそろ準備だろ?」


招待状が届いたのは2週間前。

四大名家の1つである鳳条家から、鳳条家が経営するホテルの創立50年記念パーティへの案内だった。


「人が多いから行きたくないの」


また、大きなため息をつく。

この数週間で澪が本音をポツポツと漏らし始めたことに内心嬉しく思う。


榊とは違う場所に立てている、そんな優越感も感じている。


「へいへい、主催じゃねぇし適当に参加して帰ってきたらいいだろ」


「そんな簡単じゃないことぐらい知っているでしょう?」


ムッと睨まれることさえ、嫌われてはいない証拠のように思えてしまう。


スマホをソファーのテーブルに置き、澪のデスクの上の招待状を手に取る。


この規模なら比較的小規模です、と榊が言っていたのを思い出す。


「大丈夫だ、ほら準備してこい」


澪の頭にポンッと、手を乗せ準備を促す。


「……前も思ったけど、真人さんの手って大きいわね。真人さんの手、私好きよ」


「は?」


澪の目が真人を捉えると、思わず心臓がドキッと高鳴り、手を引っ込める。


「準備してくるわ」


真人を気にすることなく、澪は準備へと向かっていった。


「……反則だろ、アレは」


深い意味なんてない、それくらい分かっている。

ただ、23の男には十分な破壊力だったのは言うまでもない。





行きたくないと言い、護衛の心をかき乱したお嬢サマは数時間後には完璧な『久世のご令嬢』として、エントランスにいた。


くすみブルーのワンピースに、淡いパールベージュのボレロを羽織る。


ワンピースは余計な装飾のない上品なデザインで、歩くたびにミモレ丈の裾が静かに揺れる。


長い黒髪は襟足でひとつにまとめられ、低い位置でゆるやかなシニヨンを形作っていた。


耳元には小粒のパールが控えめに輝き、令嬢らしい気品を添えている。


会食で見た装いよりも格式が高く、それでいて華美ではない。


久世家の令嬢と呼ばれるにふさわしい風格。


真人もまたスーツに袖を通し、イヤホンをつける。

護衛としてまた完璧に準備を整える。


「行くか、お嬢サマ」


澪はにっこりと完璧な笑顔を真人に向けた。


本当に人が変わるな


部屋にいる澪と同一人物とは思えない。

それを知っているのは自分だけでいい。


今は完璧なお嬢サマの護衛をするだけと、前を歩く澪を見据えた。





澪と真人が会場に着いたのは、受付が始まって20分ぐらい経ったころ。


会場には多くの来賓が集まっている。


視線を澪にむければ、穏やかな笑みを崩すことなく優雅に歩いていた。


斜め後ろに控える真人は周囲を見て、扉の位置や人の動きを軽く確認する。


「おーい、久世!!」


今までにないほど、無礼な声かけにびっくりして真人は声の主を見た。

明るいグレーのスーツを着た大柄な男が、豪快に手を振っていた。


「蓮さん、お久しぶりですわ」


澪も小さく手を振る。


「なかなか来ないから、今日は来ないものかと思ったぞ」


豪快な笑顔とともに澪のそばで足をとめる。


「そんなことありませんわ、鳳条家のパーティに行かないなんて」


うふふと笑う澪。


さっきまで行きたくないとぼやいていたくせに。


そして視線を相手の男に向ける。


真人と同じくらいの身長に、引き締まった身体。

仕立てのいいスーツの上からでも鍛えられた体つきがわかる。


無駄のない立ち姿には自然と威圧感があり、ただそこに立っているだけで場の空気が引き締まるようだった。


これが鳳条家の長男、蓮。


「この度は、創立50周年おめでとうございます」


澪が頭を下げる。


「ありがとう、久世に畏まられるとなんだかむず痒いな」


はははっと照れたように笑う。


「ふふっ、私はいつも通りですわ」


「さすがだな。相変わらず今日もワンピースが似合ってる」


「ありがとう、蓮さんもいつもよりかっこいいわ。それに、いつも褒めてくださるから嬉しいですわ」


また後でな。と蓮は次の来賓へと声をかけに行った。

澪が一礼するのに倣って、真人も一礼する。


――いつも褒めてくれる、男。


次の来賓へと足早に歩く蓮を真人は一瞥した。


澪が席へと向かうも、一人に声を掛けられれば、また次の一人。


「久世様、今日はお父上ではないのですね」

「ご令嬢は相変わらずのお美しさで」

「久世家と事業の話をしたいと思っておりまして」


歩けば次々に話しかけてくること15人。


パーティの司会者の開始の案内をするまで席にたどり着くことはなかった。


司会者が開始の案内をすれば各々が席へと着く。

真人も澪から少し離れた壁に他の家の護衛と共に並び、席に座る澪を見て苦笑した。


パーティは滞りなく進んでいく。


創立から現在までの歩みが記念映像として流され、現支配人の挨拶が長々と続く。


従業員への表彰や記念品の贈呈などある程度のことが終われば歓談の時間へと移っていく。


真人はさりげなく時計に目を落とす。


歓談の時間はおよそ1時間15分といったところだろう。


会場の電灯が灯され、各々が立ち上がる。


「真人さん、行くわよ」


澪が立ち上がると、横に一歩遅れてその後ろへつく。

澪の向かう先は、鳳条家当主・鳳条宗則。


「宗則さま、久世の澪でございます。この度は50周年おめでとうございます」


宗則が他の人との話を終え、手がすいた隙を狙って澪は話しかけた。

宗則が澪へ視線を向けた瞬間、周囲は空気を読んだように一歩引いた。


「おぉ、澪さん。この度は来ていただきありがとうございます」


蓮の父親にあたる鳳条宗則。

蓮と同様によい体格をしており、昔は柔道選手だったらしい。


「澪さんも18になられて、ますます美しくなりましたね。昔はよく蓮と遊んでいたのに」


「懐かしいですわ、今はお互い忙しくてなかなか会えませんけど」


笑う澪の顔は令嬢としての貼り付けたものではなく、昔から知っている相手への笑顔も垣間見える。


「そうだ、澪さん。少し先ですが、残暑も落ち着く9月の半ばにガーデンパーティをする予定にしているのですが、ぜひ参加してもらえますかな?」


「ガーデンパーティですの?」


「えぇ、夏も終われば外の気候はよくなりますからね、ぜひ鳳条が手がけるホテルの庭園を見ていただきたくてね。

それに夜は晩餐会とするのも粋なもんでしょう?」


いかがかな?とお茶目に宗則が聞いてきたところに横から蓮が入り込んでくる。


「来いよ、久世。若い連中も結構呼ぶぞ」


若い連中。

真人は頭の中で反芻する。


どういう意図があるのかはわからないが、若者が集まるのだ、楽しそうではある。


「若い方々にも交流を深めていただきたくてね。四大名家はもちろん、政財界の皆様にもお声掛けしてるんだよ」


ハハハと楽しそうに笑う。


「それに次世代を担う若者が交流するのも悪くない場だと考えていましてな」


宗則の考えとしては、次世代を見据えたものらしい。

息子にもそういう思惑があるのかもしれない。


「そうだ、ぜひ蓮がエスコートしたらいい」


宗則が名案だとばかりに手を叩く。


エスコート、つまり澪が他の男の腕を取って歩くということだ。


上流の付き合いなら、そういうことも必要なのだろう。


「父さん、それは久世が決めることで俺たちから言うのは……」


蓮が苦言を呈すも、宗則は気にしないようだ。


「何を言う。若い次期当主候補たちもいるんだ。澪さんに変な虫がついてもいけないだろう」


前言撤回。

若いものが集まるからといって楽しいものではなさそうだ。


婚約者探しのお見合いみたいなものだろうか。

そこで他の男の腕を取って歩くのは何とも面白くない。


「確かに、それは一理あるが……」


蓮がちらりと澪を見てきた。


「宗則さま、それは蓮さんにも同じことですわ。蓮さんへのいいご縁が私によって無くなってしまうのも良くないですもの」


にっこりと一線を引く澪。

真人は顔を変えず内心頷く。


「でも、ガーデンパーティへの参加はさせていただきますわ」


……行くのかよ、断われよ。

そんなことを思いながら顔を変えることなく後ろに立つのは骨の折れることだった。


宗則はジャケットの内ポケットから封筒を取り出した。


「澪さんにお越しいただければ、会もいっそう華やぎますね」


澪は令嬢の笑みをしたまま両手で受け取り、小さく頭を下げる。


「ありがとうございます、楽しみにしていますわ」


受け取る澪の手に収まる、その白い封筒を見つめながら真人は思う。


またもや、厄介そうな仕事になりそうだ。




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