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あなたの色が見えなくなるまで〜名家を統べるご令嬢は、過保護な専属護衛に手を焼かれる〜  作者: 黎明 あかり
日常編

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第16話 親心と小切手

あれから数日が経った。


澪は何事もなかったかのように仕事へ戻っている。

書斎のデスクに恒から渡されたという依頼を残したまま。


真人はあれから異能について特に聞くことはしていない。


榊に言われたように、澪が話してくれるまで待とうと心に決めていた。


それが護衛として今できることなのだろうと一人心にとどめている。


真人は澪の書斎の中央にあるソファーのいつもの定位置に座って仕事をしている澪を眺めた。


だが――気まずい。

書斎のソファーの定位置に座りながら、真人はチラリとデスクの澪を盗み見た。


あの日、勢いで澪をソファーに押し込んでジャケットをかけた記憶が、どうしても頭をよぎる。


照れと恥ずかしさがある。


「何かしら?」


真人の視線に気づいたのだろう、澪が顔をあげて首を傾げてくる。


……余裕がないのは俺だけか。


看病された側の澪は格段気にしている様子がまったくない。


「いや、今日は桐谷ってやつがくるんだろ?」


そうよ、とだけ返事をする澪。


異能を使うのか?

そう聞きたい真人、しかし話してくれるまで待つと心に決めているからこそ下手に声をかけられなかった。


「桐谷さまはご夫婦で来られるわ。ご息女の結婚相手に関しての相談らしいの」


A4の紙を一枚、澪は真人へ差し出した。

立ち上がり、真人はその紙を受け取る。


「ご息女の婚約相手に悪いうわさがないかと、家柄を気にされているみたいね」


「久世家ってそんなことまでしているのか」


探偵みたいだな、と思う。


「上流階級の中では、情報の久世と言われているぐらい情報を取り扱ってきた家系なの。

だから昔から正しい情報が欲しい方からの依頼が後を絶たないわ」


婚約相手のことを調べて欲しいという相談も多いのだろう。

真人は桐谷についてまとめられている書類に目を落とした。


そこそこの小金持ちで数代にわたって会社を経営しているようだ。

卸売りの店を多く持っており日本全国に展開している。


真人自身も聞いたことのある店の名前が連なっていた。


紙の下部にはグラフが小さくあり、右肩下がりになっている。

澪の綺麗な字で「事業不振」と書かれていた。


「なあ、事業不振って?」


「お店の経営がうまくいっていないみたい。この数年で何店舗か閉店に追い込まれているようよ」


店の閉店なんてよくある話と思うが、経営になるとそうともいかないのだろう。

1つの店を閉めることでその利益がなくなるわけだ。


「結婚と関係があるのか?」


今日の相談は婚約者の人柄を調べるだけなのに何故これが必要になるのだろうか。


「依頼料をもらうのに業績は見ておかなくてはいけないでしょう」


開いた口が塞がらないとはそのことだ。


「吹っ掛ける気かよ」


思わず笑いがこみ上げる。


「失礼ね、久世に依頼をするのだからある程度のものは頂かないと」


当たり前のように答える澪。


「それは相場で決まっているわけじゃねえのか?」


「お気持ちよ」


お気持ち。

つまり、相手が金額を決めるということだ。


「頂いた金額相当の仕事をするだけよ」


そんなことが罷り通る世界に真人は卒倒する。

俺ならどのくらいを支払うだろうか、とも考えていた。





時間になると、榊が書斎をノックし澪を呼びにくる。


「お嬢様、お越しになられました」


「わかったわ、参りましょう真人さん」


澪は当たり前のように真人に声をかける。


少し距離を感じていた真人としては、ほっとするような安心があった。


応接室には50代ぐらいの夫婦が座って待っていた。

澪が部屋に入ると立ち上がり、頭を下げる。


18歳の少女ともいえる若者に頭を下げる光景には未だに慣れない。


「お久しぶりですわ、桐谷さま」


澪が柔らかく笑い、夫婦をソファーへと促せば座りながら挨拶をする男性。


「お久しぶりです、この度はお引き受けいただいてありがとうございました」


頭を下げる男性、桐谷に続いて妻である夫人も頭を下げる。


久世家に来るからとめかし込んできているのだろうか、真人から見てもいい時計やアクセサリーが目についた。


「いえ、まずはご息女のご婚約おめでとうございますわ」


「もったいないお言葉で、ありがとうございます」


深々と頭を下げる桐谷。


「そのことで、相手のことについて調べていただきたいのです。

親として、相手との生活がうまくいくためにも家柄はもちろん、その……悪い噂などもないか、も」


桐谷の横で夫人も頷いている。

よっぽど大事な娘なのだろうと真人は夫婦を見ていた。


「お子様を思う気持ち、ご両親の愛を感じますわ。それにお家のこともありますでしょうし。しっかりと調べさせていただきます」


真人は少しだけ目を伏せる。


つい先日、恒とのやり取りを見ていただけあって、親が子を思う家族を見せられると少し心苦しい。


当の本人である澪は何とも思っていないような様子だが。


「ありがとうございます、お相手は窪津義郎さんです。

老舗和菓子『くほつ』屋のご長男になります。

2人は恋愛結婚になりますので、家柄など釣り合うのかと不安でして」


なるほど、家柄まで気にするのかと真人は桐谷を見た。


相手は老舗だ、そこに入っていくにはそれ相応の教養などもいるのかもしれない。

上流階級っていうのは何とも面倒なものだなとやり取りを見ながら考える。


澪は桐谷と話しながら、相手のことを色々と聞き出していた。





ある程度の話が終わったところで、夫人が小さい紙を出してきた。


「こちらがお手付金になります。どうか、亜美を…娘の事をお願いします」


澪は小さい紙——小切手を受け取り、自分の前に置くとにっこり微笑んだ。


「かしこまりましたわ。久世家としてお引き受けいたします」


夫妻は顔を上げ、顔を見合わせほっとしたように胸をなでおろしていた。


2週間後に結果を伝えると約束をし、桐谷夫妻は応接室を後にした。


真人が応接室のテーブルの上にある小切手をちらっと見る。


「いっ…1千万!?」


思わず声が上ずってしまう。

たった一度の面談で1千万円を澪は手に入れていた。


その反応は何?とでも言うように小切手を手にあっさりと自室へ帰ろうとする。


「言ったでしょう、お気持ちとしてはこのくらいの価値があるの」


「子供の結婚相手だぞ?!それを調べるだけで1千万も払うのか?」


口をパクパクとさせる真人。

澪からは一切金額の話を出していないのに相手が勝手に出した金額だ。

それもまた信じられない。


「やはりそう思うわよね……」


澪は小切手を見る。


「ああ、結婚相手を知るためにそんな大金……」

「事業がうまくいっていないのにこんな金額……」


2人は顔を見合わせた。

お互いに「それ?」とでも言うように。


思わず澪から「ふふっ」と笑いがこぼれる。

この4日間、高かった壁が壊れたようだった。


その笑顔を見て、真人は胸につかえていた緊張がほぐれていく。



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