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あなたの色が見えなくなるまで〜名家を統べるご令嬢は、過保護な専属護衛に手を焼かれる〜  作者: 黎明 あかり
日常編

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第13話 赤紫の来訪

料亭から外に出れば、先に坂井商事の車が迎えに来た。

一礼して別れると、榊の車を待つ澪と真人が静かな夜空の下で一息つく。


真人は澪を見る。


「どうかした?」


視線に気づいたのか、澪は真人へ微笑んだ。


「いや、別に……」


歯切れ悪く視線を逸らす真人。

初めての護衛の現場で見る澪の仕事ぶりに圧倒されていた。


藤堂の時とはまた違うビジネスの場。


この横にいるお嬢サマが相手の会社の重鎮を切ったのだ。

それほどまでの影響力のある人ということに信じられない目を向ける。


今回の会食で行われた取引なんて真人にはよくわからないというのが実際のところだ。

ヨーロッパの交易ルートとか利益の2割とかすごいのかどうかもさっぱりだ。


ただ言えるのは、相手が頭を下げるほどの実力を持つのがこのお嬢サマだということ。


「怖気づいた?」


澪が真人の感情を視たのだろう。

澪は真人に目を向けることなくそう聞いてきた。


「……別に。すげえなと思っただけだ」


そう、と澪は真人の方を向く。


「ん?なんだよ」


澪の顔がこっちに向いたことで真人も澪を見れば、澪の視線は真人をとらえてはいなかった。


澪は真人の後ろに伸びる道の奥を見ている。

真人は澪の視線を追い、振り返ると一本の続く道は夜の闇に消えている。


20mほど先にある街灯に照らされて、キラリと光るものがみえる。


「なんだ……?」


思わず目を細める真人。

澪が一歩真人に近づいてくるのが気配でわかる。


「殺気……」


は?と振り返るよりも先にキラリと光ったものが姿を表した。

否、キラリと光ったのは小刀のナイフ。

それを手にした男がダッと走りこんできた。


とっさに動けない真人は澪に強い力で引っ張られ、体が路肩側に倒れこむ。


「——ッ」


視界が反転した。

近づいてくるアスファルト。

手をつく。

顔を上げた。


その目に飛び込んできたのは、ナイフの刃。

その先に、澪の華奢な体。容赦なく振り下ろされそうとしていた。


しまっ――!!


心臓が跳ね上がる。

運良く澪が体をひねれば、一刃が空を裂いた。


狙いは澪。


真人はなりふり構わず地を蹴る。

その男の背後へと猛然と飛びかかり、肩を地面に押しつけた。


「ぐっ……」


道路に押さえつけた男からうめき声がする。

喧騒で料亭からスタッフも外に出てきて騒ぎ始めた。


「……てめぇ、邪魔しやがって」


真人の下で男が毒を吐く。

真人は応えることなく、周囲に視線を巡らせ澪を探す。


1.5mほど先に澪は料亭の従業員に抱えられていた。


真人はそれを確認してから、押さえつけている男の目出し帽を取れば、そこにいたのは1週間ほど前に大恥をかかされていた藤堂だった。


「お前、あの時の……」


カツカツと澪が近づいてくる音がした。


「危ねぇから下がってろ!まだナイフ持って――」


真人が声を上げ、澪を見れば一瞬空気が止まる。


――――瞳が紅い。


たった数秒、止まった世界を見た気がした。

次に瞬きをしたらいつもの焦げ茶色の瞳が藤堂を睨みつけている。


「……まさか、野倉と貴方も繋がっていたとは思いませんでしたわ」


野倉、さっきの専務が繋がっていたと指摘されていた会社。


「坂井が話したのか……」


呻くように、憎らしそうに澪を下から睨みつける藤堂。


藤堂の問いには答えず、澪は淡々と言い連ねていく。


「野倉から今日の会食の話を聞いて、私を殺せば借金を無しにしてくれると言われたところでしょう。残念なことですわ」


真人は藤堂を見た。

図星なのか歯を食いしばり、怒りの籠る目を澪に向ける。


———「私に対しての強い感情を直接的に受けてしまうと、体が重だるくなったり、昨日みたいに頭痛が出たりすることはあるわ」


そんな言葉を思い出す真人。

ハッとして澪を見れば、さっきまでの会食の時と変わらない表情で内心胸をなでおろす。


車の音がすれば、反対から久世の車が来て運転席から榊が降りてきた。


その直後には料亭のスタッフが呼んだのであろう警察車両も2台到着する。


「お嬢様、申し訳ございません。遅くなりました」


「大丈夫よ、榊さん。きっとあの人が道をふさいでいたのだと思うわ」


澪は連れていかれる藤堂へと目を向ける。


「それに真人さんが取り押さえてくれたら、何ともなかったわ」


ね?と、真人は澪の不意の視線を受け止める。


「……アンタが気づかなかったら、俺は気づかなかった」


ギリッ、と奥歯を噛み締める。


「それでも、助けてくれたでしょう?」


澪は柔らかく笑った。

その笑顔に返す言葉が見つからず、真人は顔をそらす。


「……帰りましょう」


榊もそのまま運転席へと乗り込めば、車は久世家の屋敷へと発進した。





車内では静かな時間が流れる。


真人はチラリと横目で澪を見た。


ナイフを持った男が突っ込んできたのにすぐに自分を引っ張る判断をした澪に何とも言えない感情が芽生える。


なんで気づいたんだ?

なんで護衛を先に助けた?

本当に怪我はないのか?


――あの紅い瞳は何だったんだ?


澪の横顔をじっと見つめる。

瞳はいつもの焦げ茶だ……。


視線を下げる。


膝の上に置かれた手。


その指先が、ほんのわずかに震えている。


「……」


真人は息を止めた。


怖くなかったわけじゃない。

平気だったわけでもない。


ただ、あの場では見せなかっただけだ。


ふとその腕の袖口に、小さな赤い染みが見えた。


「それ……」


「大丈夫よ。少し掠っただけだから」


真人の視線に気づいたのだろう、左腕を軽く上げる澪。


(怪我してんじゃねーか……)


「見せろ」


澪の左腕を強引に取り、腕を見れば切り傷が一つ。

ナイフが少し掠ったのだろうと思われる傷。


「お嬢様、あとで処置をいたします」


運転席から榊が冷静にバックミラーを見て声をかけてくる。


「部屋でお願いするわ」


真人が手を離せば、隠すように澪は腕をひっこめた。


「……アンタの眼、茶色だよな?」


その問いには澪は何も答えなかった。


それから車が屋敷につくまで誰も話すことはなかった。





車が屋敷のエントランスへと到着した。

真人と榊が先に降りて榊が澪のドアを開ける。


「ありがとう、榊さん」


車から降りて玄関へと入っていく澪の後を真人がついていく。

玄関を少し進んだところで、澪の体がグラリと揺れた。


思わず、手を伸ばす真人。

澪の腕をつかみ倒れるのを阻止すれば、澪の体が力なく崩れていく。


「お、おい!!」


倒れないよう抱え込めば、顔色が真っ青になっていた。

周囲の使用人たちもざわめきが起こる。


「すぐにお部屋の準備を!」


榊の指示が玄関ホールへと響けば、使用人たちが一斉に動きだす。


「おい、大丈夫か?」


「大丈夫、ちょっと立ち眩んだだけ」


そう答える澪は真人の腕から立ち上がろうとする。


「みんなも大丈夫よ、仕事に戻っていいわ」


凛と声を張れば使用人たちが足を止めて澪を見た後、榊を恐る恐る見る。


「必要ないわ、仕事に戻ってください」


澪は再度そう言うと、次はしっかりした足取りで部屋へと向かった。

真人は玄関ホールへ呆然と立ち尽くした。


大丈夫、という顔ではないのは確かだった。


足を止めていた使用人たちもまた仕事に戻っていった。


榊が数人に声をかけているのは何かを指示しているからだろう。


真人の仕事は今日は終わりだ。


自室へ戻り、ベッドへと体を預ける。


一週間住み込みで過ごし、ようやく見慣れてきた天井をぼんやりと見つめる。


自分が何に引っかかっているのか、うまく言葉にならない。


今日はいろいろありすぎた。

初めての護衛だったんだ。


初めての護衛で、怪我をさせてしまった……。


外では、ぱらぱらと雨が窓を叩いていた。


梅雨は、まだ明けそうにない。


その雨音を聞きながら、真人はようやく眠りについた。



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