道中
次の日からも、旅は続いた。
周囲が薄ぼんやりと見える頃は歩き、暗闇が迫ってくる頃には、焚き火を囲んで休む日が続いた。
ゲンヤは毎日寝る前に、地図を確認しては道を書き直しているようだった。
父さんも同じことをしていたなあ。僕も真似したことはあったけど、当てにならないから辞めちゃったんだよな。そもそも、必要なかったし。
シュンは腐怪との戦いで、静かに強い人だった。父は派手に強かったけど、彼の強さは目に見えない強さだ。
でも、先ずは腐怪と遭遇しないように動こうとする所は父と同じ空気を感じた。
焚き火を囲んで二人に海について聞いてみたけど、それらしい場所は見たことがないと言われてしまった。
それでも、ゲンヤさんはシオンに着いたら、ティエラについての話と交換で、シオンの伝承を調べることを、情報堂の堂主に掛け合ってくれると言っていた。
海というものを説明したときの、ゲンヤさんの目は少し怖かった……。シュンさんがとめてくれなかったら、寝ることもできなかったかもしれない。
苔むした石に足を乗せ、どろりとした川の上を渡る。
ぬかるんだ地面に片足をつく。
顔を上げて、前方から漂ってきた濃い胞子を見た途端、左目の奥がズキリと痺れた。
左目を押さえて、ふらりとよろめく。
「……何か居そうだな」
「ロランさん、どうしたんです? 大丈夫ですか?」
ぼやける左目を覆ったまま、ゲンヤに向かって片手を振る。
右目だけの視界で見えるのは、濃淡の変わらない薄暗い胞子だけだった。
けれど、前方から濃い腐臭が漂ってくるのが分かる。
あのトンネル、確実に何か居る……。
首筋に嫌な汗が伝う。
「迂回しませんか……? 良くない気がします」
二人に向かって提案すると、シュンが無言で頷きを返してきた。
「勘がいいな。ゲンヤ、どうだ?」
「少し遠回りですが、あちらの道を行きましょう」
ゲンヤが、トンネルの脇にある、木々に囲まれた登り道を指し示す。
頷きを交わし合った途端、トンネルからの腐臭がますます濃くなり、背筋が粟立つ。
「走れ!」
シュンの声に背中を押され、ゲンヤのあとに続いて脇目も振らず、登り道に走り込む。
すぐ後ろにシュンの気配を感じた。
早鐘を打つ鼓動。浅く呼吸を繰り返しながら顔を上げると、先程までいた場所をじっと見ているゲンヤの姿が見えた。
木々が押し倒される音。
腐臭が濃過ぎて、口元を押さえる。胃から酸っぱいものが込み上げてきた。
何かが後ろを通り過ぎて行く。
後ろから肩に手を置かれて、目を見開いて唇を噛み締めた。
音が段々遠ざかり、腐臭も少しだけ薄まる。
握り締めていた胸元から手を離す。
「……行ったな」
「やばいですね、あれ……。あの道はもう使えません。一番の近道だったのに! 戻ったら祭祀長に報告しませんと……」
肩をゆっくりとさすられ、背後のシュンを見上げる。
「ああいう勘は大切にした方がいい。どこに居ても役に立つ」
……勘? あれは、勘だったのかな……? シュンさんが武器を振るう時にたまに見えるあの花みたいな影も?
左目を押さえる。
何かおかしい。治ったと思ってたけど、父さんが浄化してくれたはずなのに。もしかして、まだ治ってないのかな? いや、そんなはずない。目は見えてる。痕も残ってない。心配しなくても、大丈夫なはずだよね……、父さん。
胸元に感じる重さ。目を閉じて、瞼の裏に父の姿を描いた。




