付いてきた
腐怪が住み着いていた渓谷には、エルドが腐怪と戦ったときの地割れや、焚き火が燃え尽きた後のような浄化の匂いがまだ残っていた。
そのお陰か胞子は薄く、腐敗の地なのに夕焼けに照らされて、少しだけ綺麗だった。
近くに腐怪がいなくてちょうどいいからと、今日はこの渓谷で休むことになった。
焚き火で木の実を煮込んでいると、横に座っているコハクの髪が不自然に揺れて、何かが飛び出してきた。
「お腹、空いた……」
鍋の上を飛んでいる古蝶の姿に息を呑む。
「……は? なんでリーンがここにいんの!?」
コハクも隣で髪を押さえながら、戸惑ったような声を発した。
「えっ、なになに? リーンちゃんって言った?」
川のそばで空を見上げていたサラサが、勢い良く走り寄ってくる。
近くの岩に腕を組んで寄りかかっていたエルドが、身動ぎをした後、鋭い視線でリーンを見た。
「コハク好き。もっと一緒にいたいの」
鍋の上からコハクのそばまで飛んで、彼の腕に小さな手を触れさせたリーンを見て、サラサが地面に崩れ落ちて悶え始めた。
「……え、あー。それは、嬉しいけどさ……。危ないだろ。突然こんなとこに来て、テールとか他の皆がさ、心配するんじゃない?」
コハクの言う通りだと、リーンを見ながら何度も頷く。
「皆にはお別れ言ってきたの。コハクの髪に隠れてるから、大丈夫?」
「……そういう問題じゃねーだろ」
エルドに視線を向けると、彼は首を解しながら、顔を顰めていた。
「腐怪からは隠れられるかもしんねーけど、人間に見られたらどーすんだ? 珍しい生き物だって、リーンお前、売られるかもしんねーぞ」
コハクの手のひらに座ったリーンが、真面目な表情でエルドを見上げて、小さく首を傾げた。
「危ない人には、粉を使えばいいの」
「……粉が使えねーときはどーすんだ」
リーンが顎に指を当てて、難しげな表情になる。
「……諦める? 弱肉強食なの……」
「待ってリーンちゃん! それは駄目ーっ。それなら私が守るぅ!」
エルドが額を押さえている横で、サラサが地面から飛び起き、コハクの手のひらににじり寄る。
「リーン、サラサは危ないから近寄らない方がいいよ。俺に付いてきたんでしょ? だったら俺といなよ」
サラサを見上げて固まっていたリーンが、ぎこちない動きでコハクに顔を向けて、何度も頷いた。
エルドの深いため息が聞こえてきた。
「好きにしろ。おいロラン、それ焦げんぞ」
サラサが酷いと言いながらコハクに絡んでいるのを見て和んでいたのが、エルドの言葉で引き戻された。
慌てて手元を見ると、鍋がぐつぐつと煮立って、黒っぽい煙が薄らと立ち上り始めていた。
急いで鍋を焚き火から退かして、中身の無事を確認した。
「そろそろ夕飯にしませんか? リーンさんも、お腹空いてるみたいですし」
リーンを肩に乗せて逃げていたコハクと、それを追っていたサラサの動きがとまって、皆がこちらに寄ってきた。
皆で夕飯を器に盛り付けて、時おり会話して笑いながら夕飯を済ませた。
あと片付けが終わる頃、サラサがいつもみたいに糸が切れたように眠りにつき、それまでコハクの肩に座っていたリーンが、彼女の顔の近くに飛んでゆっくりと寝転んだ。
「……寝る時はサラサなんだ。別に、いいけど」
リーンの動きを目で追っていたコハクが、複雑な表情でぼそりと呟いたあと、比較的汚れていない地面に仰向けになった。
エルドを見ると、岩に寄りかかって目を閉じていた。
何気なく皆の姿をじっと見ていた。
しばらくすると眠気が襲ってきて、その場で横になり眠りについた。




