テール
エルドとコハクの間に立って、動物たちを驚かさないように、三人でゆっくりとサラサの方へと近付く。
サラサの背後に辿り着くと、彼女を見下ろしていた白い鹿の頭が僕たちに向けられて、その青緑色の目と視線が合う。
その頭から伸びる二本の角には、草の蔦が巻き付き、桃色や黄色、白色の花が蔦の所々に咲いていて、花の冠を戴いてるように見えた。
『我が名はテール。人の子らよ。歓迎しよう』
鹿の口が動き、少し低めの女性的な声が言葉を紡いだ。
「鹿が……」
「喋った」
驚きに言葉を失う。僕の横でコハクも呆けたような声を発した。
エルドは無言で腕を組み、テールと名乗った鹿に鋭い視線を向けた。
「私はサラサです。テールさん、テール様? 歓迎ありがとう!」
サラサが笑顔で立ち上がり、帽子を外してテールに頭を下げた。
サラサの手のひらに乗っていた蝶の女の子が、ヒラリと舞って彼女の肩に腰を降ろした。
『そなたは、我が話したことに驚かないのだな。好きに呼ぶと良い』
テールの言葉にはっとする。失礼なことをしてしまった。
「僕はロランと言います。驚いてすみませんでしたテールさん」
右隣からコハクの視線を感じた。
「……いやいや、驚くの普通じゃない? 俺がおかしいの……?」
コハクがぼそりと呟く。その後、彼の視線がテールに向いた。
「俺はコハク。あんた何者? 普通の鹿じゃないよね」
コハクが顎に指を添えて首を傾げた。その声には警戒が滲んでいた。
『我は、あそこの樹から祝福を受けた存在だ』
テールが蹄を動かして体の向きを変えて、頭を後ろに向けた。
テールの動きを追うと、花畑の奥の方に、一本の透き通った大樹が聳えているのが見えた。
透明な神木だ。幹は茶色で葉は青々として、宝石のような緑の花が、咲き乱れていた。
色はあるのに、硝子細工のように透明だった。
テールはあの神木から祝福を受けた鹿なんだ。……え、それってつまり、動物の神木守ってこと? 動物が神木守になることってあるんだ!?
「神木守だっつーのは分かったけどよ。信用できねーな。あんた、俺らがここに来んの分かってただろ」
エルドが腕を組んだまま、テールに人差し指を向けて、低い声を発した。
『そなたの名は?』
「信用できねー奴に名乗る名はねえ」
エルドの方に頭を向けたテールが、穏やかに笑う。
『威勢の良い人の子だな。そう。そなたらが来るのを知っていた。我が誘導したのだから』
エルドが舌打ちをする。腕組みを解いて髪を乱暴に掻き上げた。
「何が目的だ? 俺らをここに閉じ込めるつもりじゃねーだろーな? 面倒事に巻き込まれんのはごめんだ」
サラサの肩に座っていた蝶の女の子がふわりと舞い上がり、テールとエルドの間で小さな両手を広げた。
「怒らないで。テール様を虐めないで……」
僕たちの周りで舞っていた蝶の男の子や、他の女の子も次々とエルドの前で両手を広げる。
「僕たちの話を聞いて」
「私たちは必死なの……」
エルドがやりづらそうに、小さく舌打ちして、顔を逸らす。
「……あの。何か事情があるんですね。お話を聞かせてくれますか?」
蝶の子たちがほっとしたように両手を下げた。
『古蝶たち、そなたらは下がっておれ。我を守ってくれて嬉しいぞ』
古蝶と呼ばれた蝶の子たちが、次々とテールの額にその額を触れ合わせて、また僕たちのそばを思い思いに舞い始めた。
『その前に旅の疲れを癒すと良い。我らの事情は、明日にでも話すとしよう』
夕陽に照らされたテールが僕たちを先導するように、神木の方へと前足を一歩進める。
前足の周りの草花が、その動きに合わせて淡く光り、草が伸び、蕾が花開いた。
サラサが目を輝かせて、テールのあとを追う。
「エルド。とりあえず、今日は休みませんか? 事情は明日話して貰えるみたいだし」
エルドに声をかけると、彼は眉間に皺を寄せて、首を鳴らした。
「しゃーねぇ。気に入らねーが、あいつの話を聞かねえと、移動すんのも無理そうだからな」
彼に頷いてから、コハクにも視線を向ける。
「初対面で親切にしてくる人……いや、テールは鹿だけど。そういう人って、大体、何かを期待してるんだよね。あれやって欲しい、これやってくれってさ」
コハクは何かを思い出しているかのように、眉間を揉んでため息をついた。
「もし、何か頼まれたとして、僕たちには難しいことだったら、断ってもいいと思うんです。僕たちにも、目的があるので。ただ今はまだ、深刻にならなくてもいいんじゃないかな。休みたいですし」
コハクが古蝶の動きを目で追いながら、気もそぞろな様子で頷いてきた。
舞いの動きみたいで気になるのかな。
「三人ともどうしたのー!? 早くおいでよー!」
遠くの方でテールとサラサが待っているのが見えて、二人を促して急いで彼女たちの方に歩き出した。




