餞別
翌日、起きた時には既に座敷牢にコハクの姿はなかった。
エルドが言うには、コハクは朝日が昇ると直ぐに、神木守を呼んで祭主の部屋に向かったとのことだった。
座敷で朝食を取りながら、格子近くに置いておいたお茶菓子がお盆ごと無くなっていたのを思い返す。
「あそこにお茶菓子を置いておいたんですけど、もしかして、サラサが食べたりしましたか?」
格子付近を指差して、テーブルを囲んでいるサラサとエルドを見る。
「えっ? 私が!? 食べてないよー。今起きたばっかりだから! エルドが食べたんじゃない?」
「食うわけねーだろ! 俺は甘いもんが苦手なんだよ!」
慌てたように手を振ったサラサが、エルドに視線を向けると、彼は険しい表情で彼女に言い返した。
「……そうなんですか? 蜂蜜酒は普通に飲んでましたよね?」
「酒と食いもんはちげーだろーが……」
確かにと、エルドの返答に納得する。
その後、二人と雑談をしながら、コハクが祭主との話し合いを終えるまで、どう過ごすかの計画を立てた。
◆◆◆
朝食を終えた後、僕たちは座敷の外で待機していてくれた神木守に、カンナの地への地図があるか確認した。
すると、その神木守は困り顔で「昔は帳場に地図があったのですが、今はコハク様との問題で、祭主様がお隠しになってしまって……。それに、地図自体とても古い物で、今では参考程度にしかならないと思います」と教えてくれた。
コハクと祭主の問題が、そこまで深刻なんだということを知り、複雑な気分になった。
それと同時に、コハクと一緒に行けるかどうかはともかく、カンナへの行き方は、彼から教えて貰わないと駄目そうだと悟ることになった。
その後、僕たちはそれぞれ、ツキカから旅立つ支度を整え、座敷に戻る頃には、日が暮れ始めていた。
座敷に入る前、扉の傍にいた神木守が、コハクと祭主の話し合いは一応終わり、コハクが僕たちと旅立つ許可を得たことを教えてくれた。
明日の朝には旅支度を終えて、僕たちと合流できると。
神木守にお礼を言い、座敷の中に入った。
サラサは旅仲間が増えると喜び、エルドは眉間に皺を寄せていたけど、コハクを置いて行くとは言わなかった。
酒場では反対していたから不思議だったけど、気が変わったのかもしれない。
旅に出る前に、コハクが親と仲直り出来たかはともかく、一言でも顔を見合わせて話せたなら、僕はこれ以上反対するつもりは無く、なんだかほっとした。
夕飯を食べながら、誰もいない座敷牢を見た。
格子窓から差し込んでくる淡い光に、少しだけ目を細めた。
◆◆◆
翌朝、神木守堂の出入り口で、コハクが来るのを待っていると、数人の神木守に囲まれて、彼が僕たちの方にやってきた。
どこか気まずそうな表情をしている彼に近づく。
「親御さんと話し合うことができたみたいで良かったです」
「……まあ、親父の考えは最後まで理解できなかったけど。ツキカを蔑ろにしてる訳じゃないことは分かったから……」
サラサとエルドがそれぞれ、コハクを歓迎するように彼のそばに寄る。
「あ、言っとくけど、和解した訳じゃないから! ただ、親父には親父の考えがあるのが分かっただけだから!」
コハクが慌てたように手を振る。
その手には、年代を感じさせる笛が握られていた。
「その笛、綺麗だね!」
コハクがサラサの言葉に手を止めて、手のひらに笛を乗せて見せてくる。
笛の所々に青い花の模様が描かれていた。
「……ツキカの遺品なんだ。親父が餞別だって渡してきた」
コハクが笛を懐に仕舞う。
「こんなの持ってたら絶対死ねない……」
彼は仕舞い込んだ笛を、服の上から押さえて、小さな声で何事か呟いた後、腐敗の地がある方に顔を上げた。
「そろそろ行くぞ」
エルドが真っ先に神木守堂から背を向けて歩き出す。
「ちょっとエルド、あっさりし過ぎじゃない!? もっとこの地を目に焼き付けて行こうよー」
サラサは文句を言いながらも、僕とコハクを手招きして、周囲を見渡しながらエルドを追う。
二人を追いかける前に、神木守たちの方に目を向ける。
「お世話になりました」
神木守たちに向けて頭を下げると、見送りの言葉を掛けられた。
顔を上げると、横にいたコハクが複雑な表情をこちらに向けていた。
「コハクさん。これからよろしくお願いします」
「……ロランってなんか、律儀過ぎない? こんなことしてると、あの二人に置いてかれるけど」
困り顔でコハクに笑いかけて、彼を促してエルドとサラサの後を追う。
胸元の小瓶を片手で触れながら、ちらりと遠ざかる神木守堂に目を向けると、二階の窓から誰かがこちらの方を見下ろしているのが分かった。
それは白銀の短い髪の人物で、儀式歌の時に最初と最後に歌っていた人だということが、記憶の中を過ぎった。
もしかしたら、あの人が……。
僕は小さく頭を下げて、前を向いた。




