儀式歌と郷愁歌
サラサがお茶菓子を片手に隣に座ってきた。
「ねえねえ、この座敷って、本当は見張りの人たちが寛ぐ場所らしいよ!」
「あ……そうなんですか?」
コハクから視線を逸らして、戸惑いながらサラサを見る。
「そうそう。そんな大切な部屋を貸してくれるなんて、良い人たちじゃない?」
「はあ? 俺は閉じ込められてるんだけど?」
曖昧に彼女へ頷きを返したら、座敷牢の中から刺々しいコハクの声が聞こえてきた。
「あ、そうだった! ごめんね。そう言えば、私たちってなんで捕まってるんだっけ?」
「……そいつが、俺らとこの地を出ねーようにするためだろーが」
エルドが壁に寄りかかったまま、呆れたような表情をサラサに向けた。
二人の会話を聞きながら、コハクを見る。
彼は、座敷牢の中で俯いていて、横髪で顔が隠れてその表情はうかがい知れない。
懐から取り出したのか、いつの間にか彼の手に笛が握られていた。
──コハクさんが、僕たちと一緒に行くには、やっぱり親御さんに理解してもらわないと駄目みたいだけど、コハクさんはなんで親御さんと喧嘩してるのかな……。
窓の外からは依然として儀式歌が微かに響いてくる。
「……儀式歌と郷愁歌って、少しだけ似てる気がします」
「はあ? まったく違うんだけど!?」
勢い良くこちらを向いたコハクの、噛み付かんばかりの声音に、肩をビクリと震わせた。
「ちゃんと聞いてた? 儀式歌は月に捧げてる歌だろ! 遺歌はツキカの心だ!」
目を瞬きながら、口を開く。
「そう……なんですね?」
「そうなの! 何でみんな分かんないんだよ! 儀式歌を歌っても、月に祈ってる気分になって、力が出ないんだってば!」
立ち上がったコハクが、座敷牢の中からこちらを見下ろしてくる。
彼が笛を握り締めた手を振り上げて、そのまま力なく垂らした。
「なんで親父たちはあの歌で、力を出せるのか意味分かんない。……あんな替えられた歌で。あんなのもう、遺歌とは別物だ」
コハクが立ったまま、壁に背を預けた。
──もしかして、親御さんとの喧嘩の原因って、これなのかな。他にも色々ありそうだけど。
「つまり、コハクさんは、ツキカ様をみんなが蔑ろにしていると感じて怒っているんですか?」
コハクがこちらを見るのを感じた。
「……だってそうだろ。みんな月しか見てない。神木守なのに、月に祈りを捧げてるなんて、意味分かんない」
コハクの視線が格子窓から差す、月光に向けられる。
「それでも、さっき急いでたのは、儀式に参加するためだったんじゃないんですか? 力が出ないのに。それだけでコハクさんは立派だと思います」
彼の視線がこちらに注がれた。
「だからこそ、コハクさんの考えを、親御さんに伝えてみたらどうですか」
横にいるサラサと、苛立ったように腕を組んでいるエルドを見てから、もう一度コハクに視線を向ける。
「僕たちは、カンナへの行き方が分かるまでここにいます。だから、いつまででもとは言えないけど、ある程度は待つことができます。コハクさんの決心がつくまで、ゆっくり待てますから」
コハクが壁から背を離して、立ち尽くした。
隣でサラサが大きな欠伸をする。
「……ごめん……大事な話、してるのに……おやすみー」
立ち上がった彼女が、ふらふらと歩いて、座敷の隅でぱたりと倒れるように寝転んだ。
僕はエルドと顔を見合わせた後、サラサの行動に苦笑した。
テーブルに手を付けられていないお茶菓子がまだ残っている。
「コハクさん。お茶菓子食べますか?」
コハクに視線を向けて何となく問い掛けると、彼が肩を揺らして座り込んだ。
「……いらない」
彼が手の中で笛を転す。
少しだけ考えて、お茶菓子をお盆ごとテーブルから持ってきて、格子越しにそっと置いておく。
コハクの様子を気にしながら、僕は座敷に戻って寝転んだ。
眠りにつく寸前、エルドが壁際から動く気配を感じた。
──コハクさんが納得できる結果になったらいいな。
そんなことを考えて、意識は暗闇に沈んで行った。




