座敷牢
コハクの視線がふっと逸らされ、彼が舞台から降りるために、静寂を切るように動き出す。
コハクに声を掛けたかったけど、何を言えばいいのか悩んでいるうちに、彼が奥の通路へ向かって歩き始めて、サラサがその姿を追いかけて行くのが分かった。
僕もその後を追いかけようとした時、エルドが近くで演奏していた酒場の店主の前に立った。
横目でサラサがコハクを掴まえるのを見て、エルドと店主の間に留まる。
「なあ店主。今の歌に出てきたカンナっつー場所に海があるのか?」
店主が楽器を片手に、エルドを見上げて頷く。
「ええ。私はそう聞いたことがあります。カンナの海は青く澄んでいて、とても広大だと」
──海だ。本当にカンナには海があるんだ!
いても立っても居られず、エルドの脇から店主に向かって口を開く。
「海は……カンナの地はどこにあるんですか?」
二人の視線がこちらを捉えてくる。
「そうですね……私は知りませんが、祭主様とあの子、コハクならカンナへの地図を見たことがあるのではないでしょうか」
店主の視線が通路の方に向けられる。
その視線を追うと、砂壁の階段近くで、サラサと話しているコハクの姿が見えた。
僕はエルドと顔を見合わせた後、店主に向き直る。
「今日は地下に案内して下さってありがとうございました。郷愁歌の演奏も、本当に海が見えた気がしました。聞かせてくれて、ありがとうございました。僕たちはこれで、失礼します」
頭を下げて、顔を上げると、店主がとても優しい表情をして頷いてくれた。
店主の返事に送られながら、エルドと一緒にコハクへ向かって踵を返した。
◆◆◆
サラサとコハクに追いつくと、困り顔だったコハクが、こちらに気付いたのか、渋い表情になった。
「あ、二人ともやっと来たー。ね、二人も思ったよね? コハクの舞い、綺麗だったって!」
「ちょっとサラサだっけ? 悪いんだけど、俺、急いでるんだよね。そこ、邪魔だから通してくんない?」
サラサが僕たちに話しかけてくる横で、コハクがサラサの奥にある階段に視線を向けた。
「あ、急いでるんですね。サラサ、奥に階段が」
「邪魔だとよ。こっち来い」
彼女が僕の言葉で首を傾げ、エルドの合図で、ぽんと手を打ち、コハクに謝りながらこちらに移動してくる。
コハクが一瞬こちらを見て、階段を登り始めた。
その後を追って、階段に足をかける。
「あの、コハクさんも、僕と同じように海を見たくて仕方ないんですね」
彼が階段を登りながら、ちらりとこちらに視線を向けてくる。
「……何言ってんの? 海を愛してたのは、俺じゃない。俺は海が見たいんじゃなくて──」
階段の出口に着いたと思ったら、コハクの腕が誰かに掴まえられて、彼の目が見開かれるのが分かった。
「ちょっ、何ッ!?」
「コハク様」
「今度はそこの方たちとカンナへ向かおうと?」
「……祭主様がお怒りです」
コハクが階段の外で若い神木守たちに囲まれた。
そして、なぜか付いてきた僕たちも数人に囲まれる。
「はあ? 怒ってんのは俺なんだけど! まじ最悪ッ」
「こちらに来てください」
「離せよ!」
コハクが神木守たちに引き摺られるように、階段から遠ざかる。
「私たちの問題に巻き込んでしまい、申し訳ありません。あなた方に罪はないのですが、コハク様が関心を持たれてしまったので、ツキカを離れられるまで、見張らせていただきます」
僕たちも、神木守たちに促されて、階段から引き離された。
「ちょっと! その人たちは関係ないんだけど!」
遠くからコハクの声が響いてくる。
気にしてくれてるんだと、緊張が少し解れた。
階段の外側は神木守堂の堂内だったらしく、神木守たちに身元を確認されながら、奥の座敷に滞在するよう連れてこられた。
サラサは始めは戸惑っていたようだったけど、神木守と話したりしているうちに、いつもの調子を取り戻していた。
エルドは神木守に囲まれた時、舌打ちをして怠そうに首を解していたから、彼らに腫れ物を触るような対応をされていた。
僕たちが座敷で見張られている横で、コハクが座敷牢に入れられて、不貞腐れた表情をしている。
「では、コハク様。頭を冷やされたらお呼びください」
「御三方も、ここから出られる際は、私たちを伴っていただきますよう、お願いします」
神木守たちが、僕たちを残して扉の外に出て行く。
天井から吊るされている、淡い光を放つ装飾が、座敷内を照らす。
サラサが寛いでテーブルのお茶菓子を食べている。
エルドは壁に背を預けて、腕を組みながら目を閉じていた。
座敷牢にいるコハクは、壁の上の方にある格子窓から差し込む月明かりを見上げて、その表情はよく見えなかった。
静寂の中、窓の外から儀式歌が薄らと聞こえてくる。
座敷の端に寄り、格子越しにコハクの近くへ座る。
「あの、さっき言いかけてたのって、どういうことなんですか?」
「……何が?」
格子窓に顔を向けたまま、彼が問い返してきた。
「海が見たいんじゃないって」
「ああ……。あの歌は、ツキカの遺歌だって言っただろ。海を愛していたのはツキカだ。だから俺は、ツキカが愛した海はどんな光景だったのか、見てみたいと思っただけ」
コハクがこちらに顔を向けてくる。
薄暗がりの中、彼の眼差しが真っ直ぐに僕を射抜く。
──ああ、コハクさんは、海じゃなくて、ツキカ様が生前に愛していた風景を見てみたいんだな。




