コハク
サラサが隣から、いかに儀式が素晴らしかったかを語ってくるのを聞いていると、横にいるエルドに肩を叩かれた。
「おい、あいつがコハクっつー奴じゃねーのか?」
彼が視線で示してくる方を見ると、神木守堂に入らず、笛を片手で転がして、壁に寄りかかっているコハクの姿が見えた。
「あ、あの人です」
「おー。あそこで何やってるんだろ! 一人みたいだし、声掛ける絶好の機会じゃない!?」
サラサが走り出そうとして、エルドに掴まる気配を感じながら、コハクに向かって恐る恐る近付いた。
僕に気付いたらしいコハクが、警戒したような表情で壁から背を離す。
「待ってください! 昨日は、その、すみませんでした」
「……何が目的で俺に謝ってんの? 俺、あんたの名前も知らないんだけど」
彼が手元の笛に視線を落として、笛を懐に仕舞う。
「あ、僕はロランと言います。目的というか、昨日、コハクさんに嫌な思いをさせてしまったので、反省して……」
「あー何? 俺に近付きたくて声を掛けてきたってこと? 生憎だけど、俺に近付いても祭主に取り次いだりしないから」
彼が不機嫌そうに街の方へと歩き出した。
慌ててその後を追う。
「祭主って誰のことですか? 僕はコハクさんに用があって声を掛けてるんです」
道の途中でコハクが立ち止まり、こちらに振り返ってじっと見てきた。
「……俺に用? あんたの後ろにいる二人も?」
コハクの視線を追って後ろを見ると、エルドとサラサが何食わぬ表情で、僕の後ろに立っていた。
コハクに対して、エルドが無言で頷き、サラサが明るく手を振った。
コハクと二人の間に立ち、口を開く。
「エルドとサラサは、僕と一緒に旅してくれている友達です」
僕の言葉にサラサが嬉しそうな反応を返してきて、エルドは複雑な表情をした。
「あ、そう。……で、俺に何の用? 道端で話したくないから、用があるなら付いてきなよ」
コハクが道から逸れて、酒場の影を歩き始める。
置いて行かれないよう、急いで彼の後を追った。
◆◆◆
コハクが向かった先は、街外れの酒場だった。
昨日、彼と話した場所の酒場だ。
コハクが遠慮なく酒場の扉を開けて中に入って行く。
「店主。席借りるよ」
彼に付いて酒場に入ると、壮年の男性が楽器を片手に、奥の席へと視線を向けた。
「誰かと来るなんて珍しいね。作業してても良ければ、ゆっくりして行くといい」
コハクが少し不満そうな表情を店主に向けた後、何も言わずに奥の席に向かった。
店主の前を通る時に頭を下げると、彼は笑い皺のある目元を細めて、穏やかな微笑みを返してくれた。
四人でテーブルを囲んで座る。
無言で話を促してくるコハクに、口を開こうとした時、僕たちみんなに店主が飲み物を持ってきてくれた。
店主に向かって、サラサが明るくお礼をして、エルドが無言で黙礼をする。
コハクは居心地悪そうに店主へと文句を言っていた。
僕も店主へお礼を言うと、彼は離れた席で楽器の手入れをし始めた。
「ツキカに着いた日に、コハクさんが海の歌を歌っているのを聞いて、その歌を聞きたくて声を掛けたんです」
「……何で海の歌を聞きたいの? そもそも、あれは、海の歌じゃないんだけど。ツキカの遺歌だし」
──ツキカ様が遺した歌……?
「そうなんですね。僕は海を探してて、コハクさんなら、海がある場所を知ってるんじゃないかと思ったんです」
飲み物を持つコハクの指が、ピクリと動いた。
「……海の場所が分かったら、その地に向かうとか?」
コハクの目が、考え込んだようにこちらを見る。
彼の姿勢が心做しか、前のめりになったようだった。
「そうですね。海を見るのが目的なので」
「それ、場所を教えたら、俺も一緒に連れて行ってくれんの?」
「……え? いや、えっと、場所を知ってるんですか!?」
「へー、聞いてないんだ」
コハクの目が、何かを企んだように暗く光った。
「で、連れて行ってくれんの? くれないの?」
眉を寄せて考え込む。
──彼は、海の場所を知ってるみたいだけど、遠い場所だとしたら、帰って来れないかも知れないのに、親と喧嘩したままの彼を連れて行くことは、できない。
「私は賛成だよ! 海を見たいなら一緒に行こー!」
「おいこら、勝手に決めんな! 一人で生き延びる力がねーなら、俺は反対だ。場所も他の奴から聞き出せばいいだろ」
コハクの顔が、サラサの言葉で明るくなり、エルドの言葉でむっとしたような、焦ったような表情になる。
「腐敗の地に出たら、生きて帰れるか分かりません。だから、コハクさんも一緒に来るなら、まずは親御さんとしっかり話し合ってから、来てくれると嬉しいです」
コハクが唇を噛み締めて、こちらを鋭く睨み付けてきた。
彼が手に持っていた飲み物を、乱暴にテーブルへ置く。
「……俺の人生なんだから、俺の勝手だろ! 口出しすんなよ!!」
コハクは俯き、低い声で吐き捨てた後、席を立って勢い良く酒場から出て行ってしまった。
「……あ、また、海の歌、聞けなかった……」
彼の後ろ姿に手を伸ばして、がくりと項垂れる。
「コハクが言ってることも一理あるー。私も口出しされるの嫌だしー。連れて行ってもいいと思うんだけどな……」
視界の端でサラサが手で口元を隠しながら、大きな欠伸をするのが見えた。
「お前は一人でも、それなりに生きて行けるだろーが。あいつは分かんねーだろ。つーか、勝手に連れて行ったりしてみろ。俺らが連れ去ったみたいに思われるかも知れねーだろーが! お尋ね者になる気はねーぞ」
テーブルに顔を伏せて、二人の会話を聞く。
「……コハクさんから話を聞けたら一番良かったんですけど、やっぱり、ツキカゲという人たちを探した方がいいのかな……」
背後から人が近付いてくる音がして姿勢を正すと、店主がテーブルの側で立ち止まり、困ったような優しげな表情でこちらを見た。
「色々話したいことはあるんですけどね、ツキカゲをお探しであれば、私がそのツキカゲの一人ですよ」
サラサが顔を輝かせるけど、眠気のせいなのか、立ち上がる勢いで前のめりに倒れ込み、エルドに支えられるのが見えた。
「あー、店主。部屋あれば貸してくれねーか? こいつ寝かせてくる」
「そうですね、では、こうしませんか? 今日の夜、地下に案内致します。ですから、昼間は部屋で休まれるのはどうでしょう」
「いいんですか!?」
驚きが冷めない状態のまま、店主の方に前のめりになる。
店主は気負いのない表情で頷いてくる。
「ええ。ちょうど月一での郷愁歌の日ですから。それに、ツキカゲは別に隠れている訳でもないですからね」
「あ、そうなんですか。それなら、お手数ですけど、夜にまた、よろしくお願いします」
店主にお辞儀をすると、彼は柔らかい表情で頷いて、僕たちに部屋を貸してくれた。
◆◆◆
部屋から窓の外を眺めて、鞄から小瓶と青い組紐を取り出した。
陽光に照らされて、砂の地面がキラリと輝くのが見える。
窓辺に小瓶を置くと、中の結晶も淡く輝いた。
組紐を小瓶に結び付け、二重にして首から下げる。
小瓶をじっと見詰めた後、胸元に仕舞い、ほっと息を吐く。
──今日の夜、海の場所が分かるかもしれない。なんだか、怖いような、嬉しいような。楽しみで目が冴えちゃったかも……。




