組紐と儀式歌
窓の外から聞こえてくる、街の人たちの歌声や騒めきで、目が覚めた。
乱れた髪を整えながら、握り締めていた小瓶をじっと見詰めた後、鞄の中にそっと入れて部屋を出た。
一階の方から、活気のある声や、動き回る人の音が響いてくる。
逸る気分で一階に降りると、テーブルが人々で埋まっていて、奥の小さな舞台で楽器を演奏している人や、それを見ながらお酒を片手に乾杯をしている人たちがいた。
「ロラン! こっちだよー!」
「音がうるせぇ……」
二人の声に周囲を見回すと、酒場の出入口近くに立っている二人を見つけた。
エルドが顔を顰めて、手で片耳を押さえている。
サラサが大きく手招きしてくるのに、僕も手を振り返しながら近付いた。
◆◆◆
酒場を出て、サラサに案内されながら街を歩く。
道の脇や、店先には小さな祭壇があって、朝に彼女が話していた青い宝石や、小物、青色に塗られた植物とかが奉納されていた。
そこだけ、地面が青い世界みたいに見えて、サラサの元気な話し声を聞きながらも、不思議な気分になった。
エルドも興味なさげな顔をしながらも、彼女の話に耳を傾けてるようだった。
店の演舞台で踊る人や歌う人を見ながら、三人でコハクを探した。
その途中で、露店に売られている組紐を眺めていると、サラサとエルドも一緒にどんな紐が良さそうか、意見を出してくれた。
色んな紐があって悩んだ。
でも、最終的には青い組紐を選んだ。
ツキカの花の意匠が施されていて、サラサが勧めてくれたし、神木の枝の繊維が使われているようで、エルドも頷いていたから。
それに、青い色が海みたいで目が吸い寄せられたんだ。
青い色に蛍のような花が散りばめられた組紐。
これなら、これから先も父を守ってくれるような気がした。
組紐を丁寧に鞄に仕舞うと、周囲の騒めきが段々と静まっていくのを感じた。
神木の方から厳かな笛の音が聞こえてくる。
「あ、儀式!? 行こう!」
サラサが小声で興奮したように話して、僕とエルドを促す。
周りの行商人たちも、神木の方に向かって行く。
人々の間をすり抜けて、神木の下にある演舞台に近付くと、清廉な服装をした神木守たちが、演舞台で祈りの体勢をとっていた。
鈴や笛を鳴らしていた神木守たちが、手を止める。
月の光が神木の隙間から、神木守たちを照らしていた。
風に紛れる砂の音。自然の音だけが辺りを満たした。
自身の鼓動が聞こえてきて、演舞台をじっと見詰めた。
一人の神木守が演舞台の中央に、舞うように躍り出てくる。
手には神木の枝を携えている。枝先にはツキカの花が、淡く輝いていた。
白銀の短い髪。一瞬、コハクかと思ったけれど、髪の短さと、男性的な体格に、別人だと思い至る。
男性の口が開く。
『月は青き水面の彼方から
ツキカの大地を照らし出す
されど水面はここにない
代わりに大地を捧げましょう
青い大地に映る月
ツキカの大地をゆりかごに
朝まで踊り明かしましょう
月が水面に沈むまで───』
男性の口から、低く静かな歌が響いてきて、街全体を満たして行くようだった。
歌と共に彼が舞う。
ツキカの地全体が、水面のように青く揺らめいて、月光が街に降り注いでいるようだった。
──この歌、ルミアの地で、女の子が歌ってくれた歌だ。儀式歌だったんだなぁ。
演舞台の周りにいる神木守たちが楽器を奏で始める。
音に乗って、淡い光の粒がツキカ全体に広がっていく。
『月が水面に沈んでも
ツキカは月を夢見てる
朝の光に照らされて
ツキカの花は影になる
されど月はここにある
淀みを浄化し歌いましょう
ツキカの花を月として
大地に光が満ちるまで──』
男性が緩やかに舞い踊り、歌う。
サラサが隣で、聴き入ってるのが分かる。
エルドは、歌を聴きながらも、視線は誰かを探すように泳いでいた。
そして、彼の視線が一点で止まった。
「……あいつか」
エルドの視線を追おうとして、中央の男性の舞いが力強い物に変わり、目を奪われる。
『光が大地を照らしても
淀みが消えることはない
されどツキカは忘れない
青きみなもに映る月
淀みの彼方にあるものは
光り輝く大地だと
思い出すまで奏でましょう
浄化が淀みを還すまで──』
夜風の冷たさの中に、淡く温かい香りが漂う。
男性が歌い終わり、力強い舞いが緩やかに止まり、最後には祈りの姿勢へと戻った。
音楽が止み、男性がゆっくりと演舞台の端に移動する。
それと入れ替わるように、今度は少女の舞い手が中央に躍り出てきた。
今度は少女の透き通る歌声で、儀式歌が始まった。
演奏と舞い、歌が繰り返される。
神木守たちが入れ替わり立ち替わり、中央で歌い踊っていた。
夢中で神木守たちの儀式を見ていると、段々と空が白み始めて、最初に儀式歌を歌っていた男性が、また中央へと進み出た。
彼が儀式歌を歌い終えると、朝の光がツキカの地を照らし出して、神木守たちの儀式が終わった。
神木守たちが静かに舞台から降りて行くのを、ぼんやりと見詰める。
青い物を奉納する意味が分かった気がする。
砂が海みたいだった……。




