酒場
酒場に入ると、テーブルを拭いている人の近くに、エルドとサラサの姿が見えた。
店の奥からは、食器を洗う音や、微かな人の騒めきが聞こえてくる。
客の姿はほとんどない。居ても、テーブルに突っ伏して寝ている人がほとんどだった。
酒場の人に声を掛けられ、エルド達の姿を指差すと、心得た様子で頷かれて、その人は店の作業に戻って行った。
窓際のテーブルで向かい合って座っている、エルドとサラサがこちらを見て、サラサが手招きしてきた。
手を振り返しながら二人に近寄り、空いている椅子に座る。
「さっきは驚きました。サラサがエルドに担がれてて」
「いや、本当だよね! 私も驚いたんだよー。儀式歌を聞きたくて待ってたのに、眠気に抗えなかったみたい!」
サラサが照れたように頬を掻いた。
「儀式歌、ですか?」
「そうそう! あのねー、青い砂見てた時に、近くにいた人が教えてくれたの。真夜中から朝にかけて、神木守達が舞台で毎日、歌って踊って浄化の儀式をしてるんだって! 気になるでしょ?」
彼女が身振り手振りをした後、身を乗り出してくる。
コハクの姿が脳裏を過ぎった。
彼も、その儀式に参加しているかもしれない。
「気になります」
「だよねー! あ、そうだ! 青い砂ねー、あれ、青い宝石だったんだよ? 」
「どこの砂の話してんだよ」
エルドがサラサの話題転換に呆れたような声を上げた。
「後で一緒に見に行く? 演舞台の近くとか、色んな場所にあったよ。行商人とかここの人達とかが、青い物置いて行くんだって! ツキカの風習みたい。良いよねー!」
彼女の話に聞き入って、何度か頷く。
「儀式を見に行く時にでも、見てみたいです」
──ツキカの人たちは、昼間寝ているみたいだし、夜の方が活気があって、色んなことを知ることができそう。
サラサに提案すると、彼女は大きく頷いた。
「そう言えば、エルドも色々聞いてきたんだよね? 海のこととか!」
「そうなんですか!?」
サラサがエルドに視線を向ける。
それを追ってエルドを見ると、彼は面倒そうに顔を顰めて、軽食を摘んでいた手を止めた。
「耳に入ってきただけだっつーの。月一で、郷愁歌っつーのを、ツキカゲとかゆー奴らが、地下で歌ってるんだとよ」
エルドはそう言い切って、軽食を口に運んだ。
「その郷愁歌に、海が出てくるんですか……?」
少しだけ身を乗り出して彼を見る。
「それは知んねーけど。女たちが、ヒソヒソ話してたんだよ。海ならあの郷愁歌ってよ」
姿勢を正して、窓の外を見る。
──昨日の夜、コハクさんが歌っていたのは、何の歌なんだろう。儀式歌と郷愁歌、どっちも聞いてみたいな。もしかしたら、他の歌かもしれないけど。
「月一って、いつなんだろう。僕たちでも、その地下に行くことはできるのかな……」
「さーな。ツキカゲっぽい奴でも見つけて、聞いてみるしかねーんじゃね?」
エルドに視線を向けると、彼は窓の外を見て、怠そうに姿勢を崩した。
「ねぇねぇ、それってどんな人のこと? コソコソしてる感じの人とか?」
サラサの声に、エルドが眉を顰めて口を開く。
「知るか! つーか、そんな怪しい奴に付いて行くなっつーの!」
サラサが不満気な声を出す。
二人の会話を聞き流しながら、軽食を口に運ぶ。
──やっぱり、コハクさんに話を聞けたらいいんだけど。怒らせちゃったみたいだからなぁ。
「おいロラン。お前はどうなんだよ」
「僕ですか?」
顔を上げて首を傾げる。
「……その様子じゃ、何も聞けてなさそうだな」
「あ、いや、気になる人は居ます。だけど、失言してしまったみたいで、逃げられてしまいました……」
サラサには興味深げな表情をされ、エルドには呆れたような表情をされる。
「失言って何言ったんだよ……」
「気になるってどんな人なの!? 私も気になるんだけど!」
二人からじっと見られて、少し体が仰け反った。
「えっと、海が出てくる歌を歌ってた、白銀の髪の中性的な舞い手で。コハクと呼ばれていました。でも、歌の話を聞く前に、彼の気に障る言葉を言ってしまったんです……」
サラサが僕を慰めるように肩を叩いてきた。
エルドはなんとも言えない表情をこちらに向けてくる。
「だから、コハクさんを見つけたら、謝って話を聞きたいと思ってて」
二人が互いに顔を見合わせる。
その後、サラサがこちらを向いて口を開く。
「じゃあさ、一旦休んでから、夜にコハクを探さない? 舞い手なら、演舞台で踊ってるかもでしょ?」
彼女の言葉に、気分が持ち直す。
「まあ、いーんじゃね?」
エルドが椅子から立ち上がる。
「どうしたんですか?」
「寝みーから、寝る」
エルドの動きを目で追うと、彼は肩を解しながらこちらを見てきた。
言われると、僕も眠気が振り返してきて、サラサと顔を見合わせる。
「夜まで休みますか?」
「そーしよーかな。寝溜めして、夜中に備えるー」
彼女の言葉に苦笑が漏れた。
二階に消えるエルドの背を見て、僕とサラサもそれぞれ部屋を借りて、二階に移動した。
◆◆◆
借りた部屋の寝台に座る。
鞄を膝の上に置いて、中から小瓶を取り出す。
切れたままの首紐を見て、眉を寄せた。
一本だけだとまた切れてしまうかもしれない。それなら、紐を二重にしてみようか。
街で、良い紐を探そう。
首紐を結び直して、両手で小瓶を包み込み、寝台に寝転んだ。
──父さん。一緒に海を探してくれる友達ができたよ。ツキカに来るまで大変だったけど、知らない場所を知れるのは、やっぱり楽しいよね……。夜に活気がある神木の地に来たのは、初めてだな……。
小瓶を抱き締めながら、いつの間にか眠りに落ちていた。




