変質
ウキハについて考え込みながら、人気のない道を歩いていると、前方に目立つ赤髪を見つけて我に返った。
「エル……ド?」
彼の元に早足で近付くと、エルドの肩に薄青い髪が広がり、体にだらりと腕が垂れているのが分かって、理解し難い光景に固まる。
「えっと、な、治した方がいい!?」
「は……? 何言ってんだ?」
エルドがその人を重そうに片手で支えながら、視線を向けてきた。
「だ、だって、その人」
「あ? こいつ、サラサだぞ。道端で寝こけてやがったから持ってきただけだっつーの」
エルドの肩を指差したまま、脱力する。
よく見たら、薄青い髪の影から、サラサの帽子が覗いていた。
穏やかな寝息も微かに聞こえてくる。
その寝息で、幼女の寝姿を思い出す。
幼女の、ミコの口から漂っていた胞子や、ウキハの額の傷も。
「……エルド。人間が腐怪になると、考えたりすることってできるのかな……」
考えることができるなら、僕だってもしかしたら。
無意識に左目を隠すように、手が伸びた。
背筋が凍る。
エルドが鋭い視線でこちらを見詰めてくるのが、右目で見えた。
「……知らねー。左目が酷くなったりしてんのか?」
首を傾げて、左目を覆っていた手のひらを見る。
「大丈夫、酷くは、なってないです。僕は、人間ですよね? だって、境界内でも、浄化されたり、してない」
──浄化しきれない腐怪も、いるのに?
「やべーこと考えてねーなら、人間なんじゃね? つーか、こいつ下ろしてえから、行くぞ」
軽く言われて、瞬きしながらエルドを見ると、彼は一軒の酒場らしき店に向かって歩き始めた。
「あ、エルド。ありがとうございます。僕はもう少し街を歩いてきます」
エルドの後ろ姿に声をかけると、彼はちらりとこちらを見た後、分かったと言うような仕草をして、店の中に入って行った。
なんだか肩の力が抜けて、街の静けさに意識が向く。
夜の賑やかさが嘘のようだ。
遠目に見える神木の花は、陽の光に照らされているせいか、淡く光っているはずなのに、あまり目立っていない。
ゆっくりと道を歩いて、神木の近くまでくると、根元には立派な演舞台と、その横に神木守堂が建っていた。
引き寄せられるように、堂の出入り口に近付くと、中から言い争うような声が聞こえてきた。
内容はよく聞こえないけど、耳に残る中性的な声が意識に引っ掛かり、扉の近くで耳を澄ませてしまう。
「──親父のばかやろーッ! 引退しちまえ!!」
「お待ちください!」
「コハク様! 祭主様は──」
「煩い! 着いて来ないでくれるッ!?」
声と同時に扉が開き、目前に白銀の髪が迫ってきて、その人物とぶつかりかける。
「あっぶな。邪魔なんだけど!」
「……え、あ、すみません」
反射的に謝って、相手の顔を見る。
こちらを睨み付けてくる琥珀色の目。
首を傾げて、目を見開く。
「夜の! 海の歌──」
「ちょっと! ここでその話、止めてくれる!?」
コハクと呼ばれていた青年が、出てきた扉を気にしたように、僕の腕を引っ張り街の陰まで走り出す。
走る姿が舞っているように優雅だった。
コハクは夜に見かけた、街外れの酒場の陰まで、僕を連れて駆け抜けた。
彼は息を乱さず華麗に立ち止まったのに、僕は肩で息をしながら、膝に手をついていた。
「あの、どうして、こんな場所に……」
「親父に聞かれたくないから」
彼はツンとした表情で、街の方を見ていた。
「えっと、お父さんと喧嘩でもしてるんですか……? 言っていいか分からないですけど、早く仲直りしたほうがいいと──」
「喧嘩……? そんな軽いもんじゃないし! 余計なお世話! あーうざッ」
こちらを見た彼が、険しい表情を向けてきた後、僕に興味を無くしたかのように、引き止める間もなく走り去ってしまった。
「……えぇ? 怒らせてしまった……。あ、海の歌……!」
呆然として、しばらく頭を抱えた。
──海を知ってるかもしれない人だったのに。夜にまた街で探せば見つけられるかな……。
エルドとサラサがいる店に、とぼとぼと向かいながら、怒らせてしまったコハクの姿を思い浮かべ続けた。




