誘い
陽の光に瞼を照らされ、ゆっくりと目が覚めた。
肩に重さを感じて、ぼんやりと横を見ると、ウキハの頭が乗っていた。
ウキハの肩が、後ろから伸びてきた小さな手に叩かれる。
「……ッ、ぃたぁーー!」
ウキハが肩を押さえて跳ね起きる。
「な、何? って、師匠ー。起こすなら、もっと優しく起こしてよ!」
背後を振り返ったウキハが、無表情で片手を伸ばしたままの幼女を見て、身を屈めた。
幼女がウキハの耳元に顔を寄せる。
ウキハの表情が、目まぐるしく変化した。
「師匠ーー! ありがとう、ありがとう!!」
ウキハが幼女を力一杯抱き締める。
よく分からないけど、仲直り出来たみたいで良かった。
じっと見ていると、ウキハがはっとしたようにこちらを見て、口を開く。
「おはよう。肩借りてごめん。重くなかった?」
「おはようございます。全然大丈夫でした。というか、僕の方こそいつの間にか寝てたみたいで、すみません」
ウキハが問題ないと言うように片手を振ってくる。
「夜は色々話せて楽しかったです。でも、そろそろ街に戻らないと……」
エルドとサラサが僕を探してるかも知れないし。
名残り惜しいけど、夜に見た舞い手の歌も気になるから。
ウキハが、一瞬、迷うような表情を浮かべた後、顔を引き締めて、口を開いた。
「あのさ、海を探してるんだよね? ぼく達と一緒に、旅しない? 乗り物はあほ鳥で、歩きじゃないんだけどさ……どう?」
真剣な表情のウキハと目が合って、言葉に詰まった。
──ウキハと、師匠のミコさん。二人と旅するのも、楽しいと思う。だけど、僕にはエルドとサラサが居るし、腐敗の地だけで生きて行くのも難しい。それに、この地で、海の手掛かりも見つかりそうだから、僕は。
「すみません。僕はツキカでまだ、知りたい事があるんです。だから──」
ウキハが俯いた。
「そっか」
ぽつりと寂しげな声が聞こえて、眉が垂れる。
手を伸ばそうとすると、ウキハの顔が上がり、ぎこちない笑顔が向けられた。
「また会えるのを、楽しみにしてるよ」
幼女から手を離して立ち上がったウキハが、境界の外側から、握手を求めてくる。
「……そうですね。また──」
その手を握り返すと、突然、ウキハが額飾りの位置をずらして。
左目の違和感と共に、ちらりと見えた傷から、漂う胞子が。
「ごめん。やっぱり、綺麗だよね。その目。壊したくなるくらいに──」
ゴンッという鈍い音と同時に、怖い表情をしていたウキハがそのまま、腐敗の砂に崩れ落ちる。
その後ろには、ウキハの隣に居たはずの幼女、ミコが、無表情で拳を握り締めて立っていた。
「え……? 何が、どうして? ミコさん……ウキハは、額に傷が? ……ッ治さないと!」
ウキハを抱き起こそうとした時、ミコがウキハを引きずって、背後に隠してくる。
ミコの白い目がこちらを静かに見てきた。
「余計な事をするでない。お主の方が壊れるぞ。早う去ね」
幼い声なのに、逆らえない声音で言われ、唇を噛み締める。
──額の傷だった。治したら、僕が、死ぬ。治せない。……でも、治さなかったら、ウキハはどうなる……?
「……大丈夫、なんですか?」
「何度も言わせるでない。大丈夫だと言っておろう。さっさと去ね」
小さな指で、ツキカの街を指し示され、倒れたままのウキハを見ながら、ゆっくりと背を向ける。
──何度もって、一度しか言われてないんだけど。本当に大丈夫なのかな。ミコさんは、慌ててないみたいだったし、大丈夫なのかもしれない。気になる、けど、戻ったらミコさんに怒られそう……。
ちらちらとウキハ達の方を振り返りながら、朝方の静まり返った街に向かって、歩みを進めた。




