ツキカの地
翌日、崩れた家を出てしばらく歩くと、石塩でできた建物は少なくなり、点在していた家らしき場所も見なくなり、廃墟を抜けたことが分かった。
一面が砂の世界に覆われていた。
遠くの方に、ぽつぽつと枯れた木があるのが見えた。
サラサが歓声を上げて駆け出そうとして、エルドの腕に襟首を掴まれていた。
胞子と共に、熱風が吹き付けてきて、じわりと汗が滲んだ。
エルドが無言で歩き始める。
サラサは僕と一緒にエルドを追いながら、暑いねーっと笑った。
数日、砂と胞子の世界を歩いた。
昼はサラサをエルドと一緒に見張りながら歩いて、夜はサラサにディーン語を教わったりしながら過ごした。
昼間は蒸し暑く、夜間は焚き火で暖を取らないといけないほど寒い。
ここはそんな腐敗の地だった。
暑さに耐えかねて、夜に移動した方が良いんじゃないかと提案したけど、エルドが難色を示して断念した。
エルドの反応で、夜は暗闇で何があるか分からないから、危険だと言うことを思い出したから。
それでも、暑いものは暑くて、サラサまで元気が無くなってきた日から、朝方と夕方に移動することになったんだ。
それからまた数日旅して、暑さに慣れてるらしいエルドさえ、うんざりした様子を見せ出した日の夕方。
遠くの風景が、ほんのりと優しい光を発しているのが見えてきた。
「わー! あそこじゃない!? 早く行こー!」
サラサがその光を指差して、僕とエルドを急かす。
エルドは怠そうに肩を解して、歩きながらこちらを一瞥してくる。
「どうしたんですか?」
「あー? 別に。先行けよ」
首を傾げて、促されるまま、足早に光へ向かって歩く。
街の輪郭が見えてくると、夜風に乗って心地よい音楽が聞こえてきた。
胞子の空気と澄んだ空気が、はっきりと境界で分かれていた。
「揺らいでない……」
サラサが浄化されている砂に足を踏み入れる。
「おー! 花が光ってるー! 綺麗ー!」
彼女のあとに続いて境界に入ると、砂の感触がさらりとしたものに変わった。
前方を見ると、他の地みたいな柵やしめ縄は無く、宿屋のような建物が、近くに点在していた。
軒先には神木の枝が飾られ、枝先には月色に淡く光っている花が垂れ下がっていた。
建物の間にある砂の道を歩く。
建物内からは、賑やかな声が聞こえ、街中に近付くにつれて、行商人のような人々や、店先の青い舞台で演舞をしている人たちの姿が見えてきた。
その奥には、街を包み込むように根を張っている、月光のような神木があった。
空を見上げると、月の光を浴びて、夜に陰った暗い葉を埋めるように、蛍のような花が、僕たちを照らして咲いていた。
「何あれ、砂が青いんだけど!」
サラサが走り出し、人々の間に姿を消してしまう。
引き止める間もなかった。
手を伸ばしたまま、呆然としながらエルドを見る。
すると彼は、綺麗な女の人たちに囲まれて、険しい表情をしていた。
エルドは彼女たちを邪険にしながらも、乱暴に引き剥がしたりはしていない。
おろおろと見ていると、彼がため息をつきながら、疲れたように片手で前髪を掻き上げた。
エルドは女性たちに押されながら、こちらを見てくる。
「あ、エルド! 僕は大丈夫だから!」
「……あー。分かった。危険なことはすんなよ──」
頷く間にも、彼の姿は賑やかな店の中へと消えて行った。
一人残されてしまった。
戸惑いながら周囲を見回す。
「……宿屋でも探そう」
どっと疲れを感じ、静かな場所を目指して、街の中心部から離れる。
騒めきが段々と遠ざかり、点在する酒場の賑やかさだけが聞こえる道まできた。
どこからか、耳に残る歌声が響いてくる。
『──ふるさとの青き水、──海を照らし出す』
目を見開く。
「海……って、聞こえた……?」
周りを見回して、耳を澄ませる。
『──今も夢見てる』
左目の端に月光の花影が過ぎり、酒場の影を覗き込む。
夜闇の中で白銀の影が踊っていた。
女性か男性か。
その人影は、舞いながら境界の方に向かって行く。
咄嗟にその人を追う。
『──月のみなもで歌う夜』
中性的な声。
その人物が振り返る。
白銀の長髪から覗く琥珀色の目が、見えたと思った次の瞬間。
強い砂埃に視界が遮られる。
風に耐えた後、目を開けると、その舞い手は姿を消していた。
「あの人は……?」
辺りに人影は無く、月に照らされた浄化と腐敗の砂の世界が広がっているだけだった。
「居ない……どこに行ったんだろう」
境界内の砂を踏みながら、舞い手を探して歩く。
すると、浄化と腐敗に分かれた水場が見えてきた。
境界の外側に、何だか見覚えのある人影が、小さな人影を黒く濁った水から引き揚げている姿を発見する。
「師匠ー! なんでここで寝るんだよー! 蛍にたかられるじゃんかーーッ」
水場の傍まで歩いて、目を瞬く。
境界内では、普通の蛍が飛んでるけど、腐敗した蛍が境界の外側で、その二人に集まっていた。
泥水に塗れた、細い腕。
その中に収まっている目を閉じた幼女。
幼女の亜麻色の髪が絡まった腕を辿ると、下を向いている深紫の髪と、その隙間から覗いている額飾りが見えた。
「ウキハ……さん?」
ぽつりとその子の名前が、口から零れた。
幼女を引き上げる腕の動きが止まり、ウキハの目がこちらに向けられる。
藍色の目が瞬き、その目が嬉しそうに細められた。
「ロラン……久しぶり」
ウキハの腕が緩んだのか、幼女が泥水に沈みそうになっている。
慌ててそれをウキハに指摘すると、ウキハは我に返ったように、幼女を泥水から引き揚げた。




