落下
翌日、建物から出て歩き出した時、サラサが唐突に口を開いた。
「せっかくだから、この廃墟ちょっとだけ見て回ってみない?」
僕が反対の声を上げる前に、エルドが歩きながらサラサに視線を向けた。
「……はっ? ふざけんな、死ぬだろーが!」
彼の言葉に頷きながら、口を開く。
「僕も同じ意見です。どんな腐怪がいるか分からないから、辞めておいた方がいいと思います」
サラサの眉が下がる。
「ちょっとだけでも?」
「駄目なもんは駄目だっつーの!」
エルドが鋭い目でサラサを見る。
「どうしてそんなに見たいんですか?」
二人の視線がこちらに向いた。
「だって、見た事ない物とか見れるかもしれないんだよ? 心躍らない?」
サラサが大きく両手を広げて、遺跡を見回すようにくるりと回る。
「世界にはこんなにも綺麗な場所、不思議な場所、理解できない物があるんだって思うと、人生はなんて短いんだろうって考えちゃうんだよねー」
そのまま、サラサは僕とエルドの間をすり抜けて、砂の道に仰向けで寝転がった。
「ここは綺麗じゃねえだろーが! 深いこと言っても、砂に塗れてたら様になってねえっつーの!」
サラサの言葉に感じ入っていると、エルドが彼女の横を通って、置いてくぞと言うように歩く。
「僕もこういう場所を見るのは好きです。だけど、命の方がもっと大事だと思うんです。だから、通り過ぎる場所だけ見るというのは、どうですか?」
サラサの顔を見下ろして手を差し出すと、彼女はこちらに目の焦点を合わせて、ぱっと僕の手を取り元気に立ち上がった。
「いいねそれ! やっぱ腐怪は怖いし……。あ、エルドがもうあんな遠くに! 早く行かなきゃ置いてかれちゃう!」
サラサが僕の手を握ったまま、エルドの背を指差して走り出す。
「……っ、急に、走らないでくださいッ」
僕は不意打ちに仰け反りかけながら、彼女と一緒に走り出した。
◆◆◆
崩れかけてても、柱だけが石塩で造られていて、残っている建物。
石塩の石垣の中から、黒く濁った水が吹き出し続けている場所。
空からゴーン、ゴーンという鈍い音が降ってくる、石塩の巨大な柱。
道の脇には気になる物が沢山あった。
サラサはずっと落ち着きなく回りを見ては、ふらふらと脇道に逸れそうになってて、僕は何度も引き留めた。
彼女は、絶対立派な屋敷だったはず! とか、あの水は飲めたのかなー? とか、この柱は何のために造られた物!? という感じで僕とエルドに向かって、興奮気味に話し続けていた。
巨大な柱を見掛けたときには、エルドさえ立ち止まり、しばらく見上げていた。
それでも、柱から降ってくる音が唐突に止まると、彼は警戒したようにそこから距離を取って、行くぞと歩き出したんだ。
歩き続けていると、一定の間隔で柱からの音が鳴り始めるということが分かった。
エルドは不可解そうに背後を振り返った後、僕とサラサの背後を歩き始めた。
「どうしたんですか?」
「早く行け。今日中にここを抜けるぞ」
彼の表情が険しい。
首を傾げて前を向く。
脇道の砂が舞い、胞子が風で流されるのが視界の端に映る。
「あ! あの音、もしかして、とき──」
サラサの声が、砂埃に掻き消される。
脇道が盛り上がり、細長い影が泳いだ。
赤黒く白い物が、胸元を掠める。
体に衝撃。
エルドの赤い影と、サラサの悲鳴。
勢い良く宙に投げ出された。
小瓶が胸元から浮く。
首紐の感覚が消える。
──父さんッ!
胞子と砂塵で濁る世界に、小瓶の結晶だけが虹色だった。
勢い良く景色が変わる。
伸ばした指先に、首紐の端が掛かった。
離すまいと握り締め、小瓶を手繰り寄せる。
廃墟が裏返って見えた。
風に服が煽られて、空が遠ざかる。
小瓶を包み込んで、迫ってくる廃墟に目を閉じた。
背中に柔らかい衝撃。
恐る恐る目を開けると、濁る空の中に細長い影が通り、遠くの砂に潜って行くのが見えた。
「いき……てる」
どっと冷や汗が浮き出した。
ふらりと上体を起こして、手に触れた柔らかい物に、首を傾げる。
視線を落とすと、赤い毛が見えた。
「え……エルド!? ご、ごめん!」
慌てて狼の背中から降りると、エルドが人の姿に戻って、無表情でこちらを見て、辺りを見回す。
「──無事ならいーが、重ーんだよ」
「ほんとごめん。ありがとう……って、サラサはッ!?」
目を見開いて周囲を探す。
「……あいつも無事だな。なんつー場所にいんだよ……」
エルドが歩いて行く方角を見ると、崩れ掛けの家のような、丸い屋根の端にぶら下がっているサラサが見えた。
急いでエルドの後を追って、家に近寄る。
「あ、二人とも無事で良かったー。なんか背中引っかかっちゃったみたいー。というか、さっきの腐怪、あれ何!? 巨大ミミズだったら嫌かもー!」
彼女はこちらに向かって片手を振った後、空を指差して顔を横に振った。
「背中というか、襟首が引っかかってるみたいですけど、苦しくないんですか?」
「浮遊輪使ってるから大丈夫ー! でも、そろそろ光貯めないと駄目かも! ごめん、助けて、お願いしますー!」
そうこうしてるうちに、襟首が破れたのかサラサの体がふっと落ちて行く。
「あっ」
目を見開いて息を飲む。
エルドの舌打ちが聞こえ、走り寄った彼が真下で受け止める体勢を取った。
サラサの体がその腕に収まり、そのままエルドが下敷きに倒れ込んでしまう。
「ええっ!? 二人とも大丈夫ですか?」
サラサがエルドの上で顔を上げて、辺りを見回す。
「……ぅえ? んんん? ーーッ」
彼女は下を向いた途端、悲鳴を上げてエルドの上から飛び退いた。
「耳が……痛てぇ」
エルドが片手で顔を覆った。
疲れたような声だった。
沈黙が流れる。
しばらくして、屈み込んで膝に顔を押し当てていたサラサが、頭を上げた。
「エルドありがとうー。今度から気を付けるね……」
「あー? 生きてんならいー。つーか、腹減った」
エルドの言葉で、なんだか僕もお腹が空いてきた。
「今日は、この建物で休みませんか? 一応、安全そうですし」
崩れ掛けてても、他の場所よりは形が残っている。
サラサがぶら下がっていた家を指差すと、二人の賛同する声が聞こえてきた。




