海というのは
『ロラン。いいか? 海というのはだな、どこまでも続く……』
「水が青くて、透明で、空と繋がっている地、らしいんです」
どこまでも続く、透明で青い水の地。そんな地が本当にあるんだとしたら、それはどんな風景なんだろう。
帳場のテーブルを挟んで、昨日の女性にティエラの地図を貸して、ニライの地図を借りながら話すと、彼女は眉間に皺を寄せて、首を傾げた。
「それが……海? その地図を見て分かるように、海は未知の場所の事じゃない?」
テーブルに広げたニライの地図。
四隅、全ての場所に海と書かれていた。
「……でもこれだと……アレースの近くに海があることになるじゃないですか」
でも、父との旅の中で海を見た事はなかった。
「言ったでしょ? そもそも、場所の名前じゃないの。ここでは。私は海をそういうものだと思ってたけど……」
彼女は、海の文字を指先で軽く叩きながら、僕を見上げて眉を垂れさせた。
「……地図は絶対の物じゃないから……。他の地には、本当にそういう場所が、あるのかもね……」
それは、分かっている。だけど、これだとどの地に向かえば、海を見つけられるのか、分からない。
「ちょっと考えます……。この地図、写してもいいですか?」
「どうぞ。そっちに休憩場所があるから使って」
彼女が指差す方を見る。
そこには、所々に小さな机と椅子が置かれていて、人が集まって調べ物や談笑をしていた。
◆◆◆
繋がってない。みんな境界を超えて来てる……。 アレースとニライよりは近い神木の地ばかりだからかな。
これは、やっぱり護衛してくれる人が居ないとだめだなぁ……。
僕は、父さんみたいに強くないから。
地図と手帳を見比べてため息をつく。
テーブルに陰が落ちて
「ロランさん、すみません!」
帳場の女性の声が、頭上から聞こえてきて、顔を上げる。
「すみません、貴方の力を聞き忘れてて……」
彼女は、気まずげに視線を逸らして、頬を掻く。
「無理にとは言いませんが、教えて貰えると助かります……」
なんだ。海のことが何か分かったのかと思った。
腰を浮かしかけて、椅子が少しズレた。
脱力して、椅子の背に凭れる。
「……治癒系です」
左目に触れながら答えた。
あの時の事は後悔していない。左目だって治ってる。だけど、そのせいで父さんが旅をやめたのなら、僕は。
胸元の小瓶が、冷んやりと肌を刺した。
「えっ?! 治癒なの? ……それなら、護衛は絶対必要かぁ」
彼女が目を見開いて、声を潜めた。
片腕を組んで、チラチラと周りを気にしているように、目線を動かしている。
「そっか、治癒系で一人旅……。ここに留まる気はないの?」
左目から手を離して、座り直す。
この地に海はない。それじゃだめなんだ。海が見える場所じゃないと。
「僕は海を探しているので」
はっきりと答えると、彼女は目を閉じ、小さく「そう……」と呟いた。
「護衛してくれる人を探しながら、海を知っている人が居ないか確認してみます」
他の地から来た人なら、何か知っているかもしれないし。少しの手掛かりでもいい。何年かかっても、父さんに海を見せることができるのであれば、それでいい。
「見つかるといいね。ティエラの地図ありがとう」
机の上に返された地図を鞄の中に仕舞うと、彼女は帳場へと戻って行った。
◆◆◆
海を知っている人は居なかった。というか、みんな忙しそうで、軽く受け流されてしまった。
部屋に戻り、小瓶の紐を首から外す。
そっと持った小瓶を窓枠に置いて、ベッドに座る。
窓の外を見ると、神木の葉と桃色の花が風に吹かれて揺れていた。




