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遺灰が芽吹く世界で──神木と腐敗の世界で、海を探して──  作者: ヒトミ


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3/20

ニライ

枯れた草原を踏み締め、薄暗い(よど)みが漂う草原を避けながら、明るい道を歩く。


澄んだ空気を吸っているのに、横目で見える腐敗の地のせいで鼻の奥がツンとして、呼吸が浅くなる。


踏み出す足が重くなり、視界がフードで陰った。


首元で揺れていた小瓶の紐が、首筋に張り付く。


服の隙間から、小瓶の姿が覗いた。


……父さん。


胸元にある小瓶を、服ごと右手で(おお)う。


温かい風が吹いて、フードの端が(ひるがえ)る。


瞬きを繰り返して、息を飲む。


左手でフードが脱げないように頭を押さえると、晴れ渡った空が見えた。


父に背中を押された気がした。


「……そうだね。行こう。ニライはどんな場所かな……」


胸元の(わず)かな重さを感じながら、前を向いた。


◆◆◆


歩き続けて、アレースの地の柵と似たような柵が見えた頃には、陽が(かげ)ってきていた。


柵の内側の、遠目には緑と桃色の一本の神木が、静かに根付いていた。


あれが、ニライ様なんだ……。


「綺麗だね、父さん」


小瓶の揺れを感じながら、目を細めた。


「おーい! そこの人ー!」


低く通る声が、斜め上から聞こえて視線を向ける。


柵の内側の物見櫓(ものみやぐら)から、身を乗り出している男性がいた。


「アレースから来た人だよねー? 神木守ー?」

「あ、アレースから来ました! 神木守ですー!」


フードを脱いで、身元を明かす。


「神木守堂に行くことを勧めるよー! 今は宿屋満員ー」

「ありがとうございます!」


礼をすると、頭上から


「場所はー! ニライ様のお膝元だからー!」


親切に案内された。


僕はもう一度お礼を言って、柵の間からニライに足を踏み入れた。


◆◆◆


どこからか漂ってくる香草の匂いと、人々の騒めき。


肩がぶつかりそうな距離で人が通り過ぎていく雑路。


「街だ……」


生まれ故郷も、こんな感じだったかもしれない。


朧気(おぼろげ)な母の、柔らかな微笑みが脳裏を()ぎった。


美味しそうな匂いに釣られ、ふらっと寄り道をする。


街の中心地、ニライの神木まで歩く頃には、小腹が満たされていた。


◆◆◆


しめ縄で囲われたニライの神木。


その間近に、アレースの神木守堂より大きな堂が建っていた。


出入口の扉は閉じないように、外開きに固定されている。


中から出てきた二人が、僕の横を通り過ぎて行く。


「──アレースの特産……」

「地図からして──」


二人の会話が聞こえ、堂内に足を踏み入れながら、なんとはなしに横目で見てしまった。


アレースに行くのかな。あの地もこれから先、人が増えるのかも。神木が弱まったりしなければ。


無意識に胸元を握り締めていた。


気もそぞろに、行き交う人の間を()って、帳場(ちょうば)らしき所に向かう。


長テーブルを隔てて、気難しげな表情をした女性が、帳面と睨めっこしている。


「あの、すみません」

「はい?」


彼女は顔を上げず、ちらりと目線だけ僕を見て、二三度瞬きをし、きょろりと周囲を見渡した。


「……一人? ぁあ、アレースから?」

「そうです。何日かここで滞在させて貰いたくて」

「……え? 移住じゃなく?」

「はい。移住ではなくて、調べたい事と、護衛が必要で」


沈黙が落ちた。彼女が眉間を()んで首を傾げる。


「とりあえず、名前と身分を教えて。後は……空いてる部屋があるから、これ、部屋の鍵。調べ物は明日にしてくれる? 今日はもう遅いから」


彼女は帳面を捲りながら、どこからか鍵を取り出しテーブルの上に置いた。


抑揚の少ない声音に、背筋が伸びる。


「ティエラの地の神木守、ロランです」

「……ん? ティ……なんて?」


帳面に筆を走らせかけていた彼女が、手を止めてじっとこちらを凝視してきた。


「ティエラ、です」


故郷は遠い。きっと彼女は、僕の生まれ故郷の名を知らない。僕も、アレースで知るまで、ニライを知らなかったから。


彼女は再び帳面に視線を落とすと、サラサラと筆を走らせ呟く。


「……そう。ティエラ……ね。その地の地図はあるの?」

「ありますが、繋がらないと思います。それに、地形も」


変わってるかもしれないし。


筆を置いた彼女が、頬杖を突いて見上げてくる。


指で目元を軽く叩きながら口を開く。


「……差し(つか)えなければ、明日にでもその地図、写させてくれる? 繋がらなくても、意味はあるから」


少し目を見開いて、彼女を見詰めた。


彼女の言う通りだ。いつか、誰かがティエラを目指す可能性だってある。地図があるだけでも、それは希望だよね。僕だって、海を探すためにニライの地図を求めてるんだから。


「分かりました。部屋の鍵、借りて行きます。また明日、よろしくお願いします」


テーブルの上から鍵を持ち上げ、彼女に軽く頭を下げる。


「ええ。お休みなさい」


温かみの籠った声に顔を上げると、彼女の口角が心做(こころな)しか上がっているように見えた。


鍵に書かれた部屋の名前を読みながら歩き出す。


「……あっ、ちょっと! ……力は何系? ……明日で──」


何だか慌てたような声が聞こえた気もするけど、僕は半分夢見心地で、その声は背後の人波に()き消された。


欠伸が出る口元を押さえて、ふらふらと部屋に向かった。

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