旅立ち
窓から射し込んでくる光に目を細めながら、借り小屋のベッドに腰掛ける。
道具屋の主人からぶっきらぼうに渡された真新しい鞄の中を漁り、麻の包帯を取り出して、膝の上に置いた。
左手の人差し指と中指に巻き付けている包帯。
結び目に指を掛けると、包帯が緩く解けて、布の隙間から肌色が覗いた。
「これは……しばらく残りそう」
包帯を外した指は、肌色と黒ずんだ痣の斑模様になっていた。
初日の、皮膚の中が灼けつくような痛みは無くなったけど。
右手で左手指の斑模様を撫でて、小さくため息を吐いた。
まあ、指を動かしても痛く無くなったし、良しとしよう。
膝上の新しい包帯の端を持ち上げ、左指に巻き付けた。
ベッドに背中から転がり、新しい包帯を巻いた左手を、窓からの光に翳して目を細める。
ニライと道が繋がって五日か。良い天気だなあ。父さん。旅立ち日和だよ。
◆◆◆
身支度を整え、借り小屋から村の中心地にある神木守堂に顔を出すと、深いクマをこさえた堂主に迎え入れられ、あれこれと世話を焼いて貰ってしまった。
「……ハクエンさんにも、随分助けられたけれど」
堂主が、僕の胸元で揺れている小瓶をじっと見て、祈りを捧げるように頭を下げた。
「ここで芽吹くのを待つのは、ロランさんとしては、違うんだろうね……」
しばらく静止していた堂主は、囁き声でそう言いながら頭を上げて、僕と視線を合わせてくる。
「そう……ですね」
堂主から視線を逸らし、胸元の小瓶を両手で包み、服の内側へと仕舞う。
「父は、海が見える場所で芽吹くと思うので」
僕は、父さんを海に連れて行く。
「……くれぐれも体には気をつけて」
「もちろんです」
堂主に握手を求められ、頷きながらその手を握り締めた。
「アレース様のご加護がありますように」
「ありがとうございます。……堂主様もお元気で」
肩から包み込むように、堂主の腕が背中に触れてきた。
それに身を任せて、僕はゆっくりと頭を下げた。
◆◆◆
背後に柵。目前にはキラキラした眼差しで僕を見上げてくる少年と、境界の方を見つめて目を潤ませている少年の母親が立っている。
「ロラン兄ちゃん。この間はありがとう! 指を治してくれて」
「こらエディ。兄ちゃんとはなんですか。神木守様と言いなさい」
少年は、一週間前に指を腐怪にやられて、神木守堂に母親と共に駆け込んで来た患者だった。
あと少しで少年の指が腐り落ちる寸前だったのを思い出す。
「エディ君。元気になって良かった。好奇心は程々にね」
屈み込んで右手で少年の頭を撫でながら、見られないように、包帯を巻いた指がある左手を服の内側に隠した。
「うん! アレースの木、ニライの木と繋がったんだよね? だったらもう、柵の外に出ても安全でしょ?」
少年の言葉を聞き、彼の母親と視線を交わす。
彼女は困ったように微笑んで、その後表情を引き締める。
あとで言い聞かせるのかもしれない。
僕は少年に曖昧な笑顔を向けた。
「ニライに向かわれるのですか?」
彼女のその言葉に、じゃれてくる少年の相手をしながら、姿勢を正して頷く。
「はい。まずはニライに。それから先は……追々考えます」
彼女の目に僕の姿が映り込む。
じっと見詰められた後、深々と頭を下げられた。
「息子を救って頂き、本当にありがとうございました。このご恩は決して忘れません」
予想もしていなかった大袈裟な扱いに、右手をあわあわと振る。
背中にむず痒さが走り、頬が暑くなった。
「も、もう行きますね! 僕もこの地の事は忘れません。お世話になりました」
軽く頭を下げて、ニライの方へと体を向けた。
「ロラン兄ちゃん、またね!」
「……エディ君……。そうだね……また」
会おう……とは、言えなかった。
それでも、いつか、風の噂でも伝えられたらいいな。
最後に一度、少年と彼の母親、アレースの地に向かって手を振り、僕はニライに向けて、開いた柵の間を通り抜けた。




