繋がる
夜空に一つ、星が流れた。
その光は、澄んだ暗闇を通り過ぎ、暗く澱んだ未知の空に消えて行く。
雨雲と晴れた空が分かれたような境界。
境界は常に揺らぎ、パっと外側に少し広がる。
「あと少し……そろそろ繋がるのかな!?」
窓枠が邪魔だ。
額を窓に押し付け、目を凝らす。
警戒区域の柵と、その外側に広がる草原。
見たいのはそれじゃない。
さらに遠くを見る。
青々とした草原が急に途切れた、腐の境界。
境界が外側に揺らめき、目に見えて広がる。
やっぱり。そろそろ繋がる!
固唾を飲んだ後、勢い良く窓から顔を離した。
窓辺にある木の祭壇。
祭壇の中央に置いている小瓶をそっと持ち上げ、首から下げる。
「父さん。外に行こう」
両手で包み込んだ小瓶の中。
白い結晶がさらさらと揺れた。
肯定する父の声が聞こえた気がして、目元が緩んだ。
◆◆◆
外に出ると、沢山の人が柵の周辺に集まって、境界の揺らぎを見ていた。
「柵から離れて! 危ないから!」
神木守堂の堂主が声を張り上げて、柵と人々の間で立ち塞がっている。
人々の僅かな隙間を探して、謝りながら堂主の近くまで歩く。
「堂主様」
「あ、ロランさんも来たのか」
声を掛けると、白髪混じりの長い髪を後ろで括った堂主が、僕を見た後、顔を覆ってため息を吐く。
お前もかというため息ではなく、肩の力が抜けたようなため息だ。
「すまない。手伝ってくれ」
柵の外側。遠くの腐敗した草原が、境界の内側に入って、澱みが消える。枯れてはいるけど、あそこは徐々に浄化されるはず。
頬が緩む。無意識に小さな笑い声が出た。
「ロランさん?」
ハッとして頬を両手で軽く叩く。
「すみません堂主様。なんでしょう」
頭一つ分背の高い堂主は、僕を見下ろして、今度は深いため息を吐いた。
「人が集まり過ぎたから、柵外に人が出てしまわないように、間に立って見張るのを、手伝ってくれないかい?」
堂主と柵と押し合いへし合いしている人たちを、順番に見渡して、頭を搔いた。
誤魔化すように堂主へと笑い掛ける。
「喜んで、手伝います」
◆◆◆
柵の外に出る人が居ないか横目で確認しながら、広がる境界を眺める。
首元に下げて、服の内側に入れていた小瓶を取り出す。
「父さん。遅くなってごめん。あと少しでまた」
父さんが見たがっていた、海というものを探しに行けるよ。
手のひらに小瓶を乗せ、父にも境界が見えるように捧げ持つ。
境界は少しだけ内側に戻っては、それ以上に外側へと広がる。
まるで、アレース様が腐怪と戦っているかのように。
空気の澱みと澄みの堺を見続け過ぎたせいか、左目の奥が痛んだ気がして、左目を閉じた。
すると、はっきり見えていたはずの風景が、境界が、曖昧な揺らぎに変わったような。
首を傾げて瞬きを繰り返す。
何日も境界を見つめ過ぎたのかもしれない。
そもそも、境界ははっきり見えるものでもないし。
凝視し過ぎて、はっきり見えていると錯覚したのかも。
両目を閉じて、人々の騒めきに身を任せた。
◆◆◆
何時間待っただろう。
空が段々と白み始めて。
一人分の道が。
「……繋がっ……た」
柵から身を乗り出す。
実感を噛み締める前に、背後からの人々の歓声が耳を貫いて行く。
「ああ! 神木アレース様! 恵みをありがとうございます」
「これで、ニライ様の地に行けるぞ!」
人々の感極まった声。
本当に、繋がったんだ!
小瓶の向こう側に見える景色が滲む。
父の結晶が朝陽を浴びて虹色に煌めいた。
ニライに向かう準備をしよう。
捧げ持っていた小瓶を、丁寧に襟首の内側へ仕舞い直す。
名残惜しく繋がった道を眺めて、ゆっくりと踵を返した。




