故郷
洞窟内は浄化されたと言っても、腐敗でぬめりを帯びた石壁が剥き出しになっていて、しばらくしたらまた腐敗の地に呑み込まれて行くんだろうと、複雑な気分になる。
奥に進むほど暗くなり、微かな光を反射する石壁だけが、道を照らし出していた。
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
腐敗の地に出る前に、エルドを引き止める。
「何だよ」
彼が立ち止まってこちらを振り返った。
「どっちの名前で呼べばいいですか?」
「エルドって呼べ。カイって呼ばれるのは、芽吹いてからでいーんだ」
エルドの表情は暗くてよく見えなかった。
でも即答されて、そこまで神木名に拘っているのはなぜなのか、とても気になった。
「何で故郷の神木名を名乗ってるのか、聞いてもいいかな……?」
「もう聞いてんじゃねーか。──エルドの名を世界に刻む為だ。俺はその為に旅してんだよ」
「なるほど……?」
戸惑いの声が出た。
「でもエルドの神木を守ってなくていいの? エルドはエルドの地の神木守なのに?」
彼の肩が揺れて、痛いくらいの沈黙が落ちた。
──あっ、ちょっと待って、僕、聞いたらいけないこと聞いたんじゃ……!? 僕だってティエラの神木、守って無いし!
「す、すみません、今の無し……」
「エルドは消えた」
彼の乾いた声に息を呑む。
「イオール様、みたいに……?」
「はっ、同じにすんじゃねーよ」
エルドの冷笑と低い声に、少し後退る。
「エルドは寿命で消えたんだ。俺たちは最期まで守り切った! それだけは、勘違いされたくねー!」
段々と鋭く尖って行った声音に、びくりと肩が震えた。
「ご、ごめん。無神経なこと言って。エルドにとって故郷は大切な場所だったんですね。神木名を自身の名前として名乗るくらいに」
エルドが乱暴に髪を掻き上げる。
「大切っつーか、エルドの生き様に……憧れただけだ。俺もあんな風に人生を真っ当してーだけだよ」
彼が洞窟の天井に顔を向けて、静かに呟いた。
エルドの神木は、どんな神木だったんだろう。エルドみたいに力強くて熱い神木だったのかな。
「かっこいい生き方だね。でも、いきなり腐怪に疾走するのは、やめて欲しいです。はらはらするので」
「あー? お互い様じゃね? ロランこそ、誰彼構わず治癒に突っ走んの辞めろっつーの。海に辿り着く前に自滅すんぞ」
指を差されて、ぐっと言葉に詰まった。
父さんにも、祭祀長にも似たような指摘をされて、とうとうエルドにまで……。僕は、ちゃんと無理なときは諦めるってば! 何も考えてないわけじゃないし。
「なら、僕が自滅しなくて済むように、エルドも腐怪に突進して行かないでよ。治癒する必要なければ、体に負担かからないんだから」
顔を顰めながら話すと、エルドの舌打ちが聞こえてきた。
「……めんどくせー! そろそろ行くぞ。いつまでもこんな場所に居たら化石になっちまうっつーの!」
声をかける間もなく、エルドが前を向いて歩き始めてしまう。
「ちょっと待ってください! いつも突然動き出すのやめてくれませんか? 本気で驚くんで! というか、じっとしてても、化石にはならないと思います。いや、なる人も居るかもしれないけど、僕たちはならないんじゃないかな?」
「……はあ? なる奴がいてたまるかっ」
「え? なんで。居ても良くないですか? 居るなら見てみたい気もします」
「何だその発想! こえーよ!」
エルドの手が洞窟の出口に掛かる。
憮然としながら、彼を追って腐敗の地に足を踏み入れた。




