名乗り
数日間、雨が降り続けた。
神木を浄化したあと、腐敗の地が徐々に広がっている。
浄化されている場所は、神木守堂周辺と神木が根付いていた所ぐらいだった。
レイアの力が神木を貫き、その余波で神木の奥にあった洞窟の道も、浄化されたらしい。
ただ、腐敗の地が広がっているせいか、ところどころに胞子の渦が、空まで立ち上っているのが、堂内の窓からも視認できていた。
数日の間、僕は神木守たちの治癒をしたり、ツキカに行くための準備をして過ごした。
だけど、ふとした時に神木の最期を思い出しては、気分が暗く落ち込んでいた。
それでも、久しぶりに天気が晴れた今日、僕とエルドはイオールの地に別れを告げることになった。
レイアやケラス、他の神木守たちがわざわざ洞窟の手前まで見送りに出てきてくれた。
「見送り、ありがとうございます。堂主様たちは、これからどうするんですか?」
頭を下げたあと、顔を上げてレイアを見ると、彼女は穏やかな表情で、神木があった場所に顔を向ける。
「私たちは、一度この地を離れる。だけど私は、いつかこの地に戻ってくると決めたんだ」
首を傾げると、レイアはこちらに顔を向けた。
「人生を精一杯生き抜いて、その後、この地で芽吹きたいと思っている。イオール様と共に過ごしたこの地を、きっと蘇らせてみせよう」
その目は力強く輝き、その口元には緩やかな弧が描かれた。
張り詰めた表情しか見たことなかった彼女の微笑み。
その言葉を聞いて、重苦しかった心が、ぱっと晴れた。
「それは、イオール様も喜びそうですね! 応援と言ったらおかしいかもしれないですけど、応援してます!」
「ありがとう」
笑顔で頷くと、レイアも頷いてくれた。
「最後に一つ、教えてくれたら嬉しいんだが、二人の出身地はどこだろうか? 私たちを救ってくれた旅人として、記録に残しておきたいんだ」
目を瞬いて、エルドと顔を見合わせる。
彼は、複雑な表情で目を閉じて、沈黙した。
どうしたんだろうと思いながら、レイアに視線を戻す。
ちらりと脳裏にゲンヤの姿が浮かんだけど、支障はないかなと口を開く。
「ティエラの地の神木守、ロランです」
レイアの隣で書物を開いていたケラスが、筆を動かした。
彼女とケラス、他の神木守の視線がエルドに注がれる。
横を見ると、エルドの目が開き、彼が自身の腰に手を当てた。
「……エルドの地の神木守、カイだ」
目を見開いて、彼の顔を凝視する。
──エルドって神木名だったの!? ……え、なんでずっと神木名を名乗ってるんだろう?
エルドは、ケラスが書物に筆を走らせるのをじっと見詰めたあと、ふいと神木があった場所に視線を向けた。
彼の動きを追って、同じように視線を動かすと、胞子の渦に鳥みたいな何かが、突っ込んで行くのが見えた。
「……何、あれ……鳥?」
「鳥……じゃねーだろ……」
目で追うと、その物体は渦から抜けて、ふらふらと洞窟の向こう側に向かって、ゆっくりと落ちて行った。
「落ちた……落ちたよね、今?」
「落ちたな」
「なんでそんな冷静なの!? 今から僕たちが向かう方角なんだけど!」
「腐怪じゃ無さそうだったからな。つーか、生き物じゃねーんじゃね? あれ」
興味なさそうなエルドの表情を見て、眉を寄せる。
──空飛ぶ生き物じゃない物って何? そりゃ、浮いてる物は色々あるけど! 堂主様みたいに空飛ぶ力持ってる神木守もいるけど……。生き物じゃないって何……?
「二人とも、どうかしたのか?」
困惑したようなレイアの声。
彼女たちはあの物体に気付かなかったらしい。
よく分からない出来事の話をして、レイアたちに不安を与えたくなかったから、ぎこちなく笑いかける。
「いえ……何でもないです。僕たちはこれで。イオール様の存在を知ることができて良かったです。堂主様たちにも、出会えて良かったです。みなさん、お元気で」
レイア、ケラス、神木守たち。一人一人の顔を記憶に焼き付ける。
「あんた達の健闘は忘れねーよ。じゃーな」
エルドが洞窟に向かって歩き出す。
みんなから背を向け、何度か振り返りながら、彼の斜め後ろを歩く。
洞窟に入っていくエルドの姿を見て、またさっきの疑問がぶり返す。
──神木名を名乗ってるのは気になるけど、無闇に聞き辛いな。っていうか、呼び方、もうエルドに戻しても良いってこと? それともカイのまま? 後で聞こう……。




