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遺灰が芽吹く世界で──神木と腐敗の世界で、海を探して──  作者: ヒトミ


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結末

あれから数日。


彼らは、僕とすれ違うとき、治癒のお礼を言ってきたり、迷いや不安を零したりしながら、それでも、その目にそれぞれの意志を宿して、立ち直っていった。


祭祀長から貰った角砂糖のお陰で、想像以上に早く僕の体に浮いていた痣も消えて、体調は全快した。


それで昨日、広間で、どうやって神木を浄化するか、レイア主導の話し合いが行われた。


僕とエルドは、旅人だから巻き込む訳にはいかないと、レイアたちに強く止められ、後方で戦いを見守ることになった。


それでも、重傷者が出た場合は治癒することをエルドと相談して決めた。


彼らの作戦は、ケラスの広範囲治癒を起点に、三人一組で神木までの腐怪を浄化し、神木を浄化する役目はレイアが引き受けるといったものだった。


レイアがその一言を発したとき、皆は(ざわ)めいて、それでも、彼女の表情が堅く、揺るぎないものだったのを見て、この地に最後まで残っていた、二十人弱の神木守たちは押し黙ったんだ。


「おはよう。今日は、天気が悪い。だけど、私たちにとってはその方がいいだろう。気配を隠すことができる」


僕とエルドが広間にくると、既に皆準備ができていて、レイアが静かに話し始めた。


「今まで長いこと、イオール様を苦しめてしまった。皆も辛かっただろう。……今日こそ、この苦痛を終わらせる時だ! イオール様に安息を捧げようッ」


彼女が目を見開き、決意に満ちた表情で、広間の出口に歩き出すと同時に、神木守たちは、唇を噛み締めたり、武器を持つ手に力を込めたりして、レイアの後に続いて、堂の出口へと一斉に動き出した。


◆◆◆


外に出た途端、強い風に吹かれて、視界が薄い胞子の濁りで塞がれた。


神木守たちの服が風に煽られて、翻っていた。


それでも彼らは体勢を崩さず、前を向いている。


知らず、喉が鳴った。


大弓を抱えたレイアと硬い表情のケラスが神木に面した物見櫓に登る。


祈りの体勢になったケラス。


しばらくもしないうちに、辺りに甘い香りが漂い始めた。


同時に、神木守たちが、それぞれの武器を振りかざし、神木を目指して駆け出して行った。


神木の方からは時おり地響きが鳴り、地面が彼らの邪魔をするように揺れ動く。


胸元の小瓶を握り、唇を噛み締める。


ここからでも見える神木付近には、黒く腐りかけの根っこが地面から浮き上がり、形を失いかけている腐怪が、彼らを阻むように(うごめ)いていた。


先頭を駆けていた神木守たちの手や、抜き放たれた武器から紫電の光や、突風(とっぷう)などの浄化が腐怪に当たる。


それでも、腐怪は浄化されきらずに神木守たちへ襲いかかる。


──何で!? みんなの力が戻りきってない? ……あ、浄化が効き(にく)いほど、腐怪の腐敗が進んでるんだ……。


足が無意識に一歩前に出る。


「まだ、俺らの出番じゃねーだろ」


肩を掴まれて、横を見るとエルドに険しい表情で、苦言を呈された。


「でもッ」


神木守たちの喧騒が聞こえ、神木の方に顔を向ける。


腐怪に攻撃されたのか、何人かが肩や腰を押さえてよろめいていた。


「行かないと!」

「副堂主の力を信じろよ。まだ大丈夫だッ」


肩にエルドの指が()い込んできた。


焦燥感に駆られながら、神木守たちを見る。


甘い香りが一瞬強く(かお)って、よろめいていた彼らが、ゆっくりと体勢を立て直していくのが分かった。


──ケラスさんの力だ! 良かった。


一進一退の攻防が続く。


曇天の空から、雷鳴が響いてきた。


固唾を飲む。


神木守たちの怒号が一際大きく発されたとき、腐怪の群れに一筋の風穴が開いた。


息を呑んだ。


神木の黒ずんだ幹が見える。


「……最期は、私の手で!」


物見櫓からのよく通る声。


はっとして物見櫓を見上げると、レイアの背に一対の白翼が広がり、彼女が空に舞い上がった。


視界が胞子で濁る中、彼女が大弓を引き絞るのが見える。


「──イオール様……今まで、ありがとう」


彼女の声が、風に乗って微かに耳に響く。


彼女の手が雷光に染まった瞬間、左目に激痛が走り、脳裏が白く灼けた。


その狭間で、レイアの大弓から矢が放たれ、黄金の雷花が神木を貫いた。


黒ずんでいた神木が、一瞬、黄金の花に包まれ緑の葉と共に揺れている姿が見えた……気がした。


左目を押さえると、神木の姿は幻だったかのように白煙の中で浄化されていった。


神木が……消えた。イオール様はもう、世界に溶けてしまったんだ……。


空からぽつりと雫が落ちてくる。


見上げると、レイアが大弓を抱えて、俯いているのが見えた。


彼女の金髪が雨に(さら)され、濡れていく。


雨粒と胞子が混ざり、視界が灰色に染まる。


レイアは、空中に留まったまま、雨に打たれ続けている。


なんだか、見てはいけない気がして、神木守たちの方に視線を逸らす。


彼らは、武器を構えたまま、座り込んだり、立ち尽くしていたりしていた。


誰かの啜り泣きが、雨に紛れて耳を打つ。


左目を押さえて俯く。


押さえた手が、目尻からの雫で濡れた。


──父さん……。なんでこんなに苦しいんだろう。イオール様のこと、この地のこと、ほとんど知らないのに。左目がとても痛かったからかな……。

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