放棄
数日間、朝から晩まで寝て過ごした。
昼間はエルドにお茶を作って貰いながら、彼がレイアから聞いたこの地の状況について教わった。
やっと普通に声が出せるようになって、体に浮き出ていた痣も薄くなったから、エルドと一緒に部屋を出た。
「──堂主様も、飛べなくなってるんじゃないの!?」
部屋を出てすぐの広間から、女性の悲鳴に近い声が聞こえてきて、目を見開く。
広間を覗き込むと、レイアとケラスを囲んでいる人たちの姿が見えた。
この地に残ってるのは、少数の神木守たちだけだってエルドが言ってたから、二人を囲んでいる人で全員かもしれない。
「……それは……だが」
「ほらやっぱり! そうなんでしょう!?」
レイアが女性の視線から逃げるように顔を逸らすと、女性が興奮したようにレイアに詰め寄り、ケラスに落ち着くよう促されるのが聞こえた。
「俺たちは、イオール様に見捨てられたんだ……」
一人の青年の言葉で周囲に騒めきが走る。
──そんな、見捨てられただなんて。神木が僕たちを見捨てるなんてこと、ある訳が……。だけど、神木は腐敗に侵されているのは、事実だよね……。
よろめく人や、すすり泣く声が広間に響く。
隣にいるエルドの肩が震え、彼を見ると顔を歪めて舌打ちをしたのが分かった。
え……怒ってる?
「堂主様ッ、逃げましょう! もう、耐えられませんッ」
レイアの目が見開かれ、何かを言おうとして、そのまま暗く沈んだ。
「……どうやって、逃げると言うのか……」
「とぼけないでください! 岩山の腐怪がいなくなったんですよね! そこから逃げることができるでしょう!?」
その言葉が広間に落ちた瞬間。
バキリッという音が響いた。
慌ててエルドを見ると、彼の足が目前の壁を蹴り上げたことが分かった。
広間の騒めきが、静まり返る。
「黙って聞いてりゃ、神木に見捨てられただ、逃げようだとかいーやがって」
エルドが広間に向かって歩く。
レイアが周りの神木守たちを守るように、こちら側に出てくる。
「神木守が神木を見捨てるだなんて有り得ねぇんだよ!」
レイアがエルドを見上げて、口を開く。
「怒鳴らないでくれ。私たちだって、本当は見捨てたくないんだ……」
レイアの言葉を皮切りに、他の神木守たちも口々に騒ぎ出す。
「そうだ! 俺だって力さえ弱まってなければッ」
「私たちは、もう十分力を尽くしてきたのよ!」
「友が、次々と腐怪にやられて……どうやって諦めるなと言うんだ……」
彼らの言い分も分かる。分かるけど、どうして彼らの力は弱まってるんだろう。
治癒できるからといって、この人たちを無理に戦わせることはできないし、まずは力が弱まった原因を探すべきかもしれない。
「てめーらは、全てを他のせいにするんだな。ロランが体を酷使してまで治したっつーのに」
エルドが唸るように呟く。
「力が出ねー、頑張った、だからもう諦めるってか。甘えてんじゃねーよ。その諦めが自分たちの力を弱めたんじゃねーの」
レイアやケラス、ここにいるみんなが息を呑む音が聞こえた。
──そうかもしれない。だけど、本当にそれだけなのかな。力が弱まった原因はそれかもしれないけど、なら、神木が腐敗に侵された原因は……?
「あの、エル……カイ、の言い分も分かるんですけど、その、神木はいつから腐怪の巣になってしまったんですか? 神木が腐敗しなければ、そもそも、こんな事態になってなかったんじゃないかなと思うんですけど……」
エルドとレイアが睨み合うのをやめて、黙り込む。
ケラスや他の神木守たちが、顔を見合せて囁き出した。
「いつからだっけ?」
「分からない……気がついた時には、そこかしこに腐敗の地ができてた……」
そんな中で、レイアが呆然としたように、こちらを見た。
「人が、減って行った後からだ……しかし、まさか、そんな……」
レイアが視線を彷徨わせていると、神木守の一人が声を上げた。
「あっ、天気が荒れるのを、イオール様のせいにしてる人をみたことが……その人、すぐに移住して行ったけど……」
誰かが、怒りの声を発した。
──そんなことを言う人がいるなんて! 安心して生きて行けるのは神木が腐敗の地を浄化してくれるお陰なのに!
「神木守が減ったら、対処しきれなくなるのは当然じゃねーか。しかも、環境の責任まで押し付けやがって。神木がああなっちまったのは、俺ら人間の自業自得っつーわけだ」
エルドが深いため息をついて、壁に寄りかかる。
彼はもう話すつもりは無いと言うように、腕を組んで目を閉じてしまった。
「……神木はもう、治せないのかな……浄化できればまだ……」
「あそこまで行っちまうともう、浄化しても元には戻んねーだろ。消えるだけだ」
レイアが唇を噛み締めて、目を閉じた。
目尻から雫が溢れて、彼女の頬を濡らした。




