転移浄化型
堂内に入ってすぐ奥に仕切りがあり、レイアの後ろを歩いてそこに近付いて行くと、仕切りの奥から呻き声が聞こえてきた。
顔が強張り、早歩きになる。
レイアが静かに仕切りをずらして、僕に隙間から入るよう促してきた。
エルドは仕切りの外側で、申し訳なさげなレイアに止められていた。
僕は拳に力を入れて、仕切りの内側に入った。
部屋の中には、腐敗の臭いに混じって、薄らと甘い香りが漂っていた。
足や腕に黒ずんだ腐敗を抱えて、椅子に座っている人や、壁に寄りかかっている人。
首や肩、背中に傷がある、寝台で寝かされている人。
耳につくのは、うわ言や、苦痛の呻き。
息を呑んで、一番近くの寝台に寝かされている人を覗き込んだ。
その人の首にある、腐敗の傷は薄くなったり、濃くなったりして、じりじりと黒さを増していくようだった。
──浄化型治癒みたいだけど、浄化が、負けてる? 早く手助けしないと! ケラスさんは……。
視界を巡らせると、部屋の中央で祈りを捧げている男性がいた。
俯いた額には汗が浮かび、祈る姿勢は今にも崩れそうに揺れている。
──いつから治癒を!? とにかく、ケラスさんを休ませてあげないと。
「ケラス。治癒中にすまない」
いつの間にかケラスの近くまで来ていたレイアが、彼に声をかけた。
ケラスは肩を震わせ、目を開けた。
漂っていた甘い香りが、すっと消えていく。
「……堂主。俺の力が……」
レイアを見上げたケラスの口から、掠れた声が聞こえてきた。
彼は隈のできた目元を押さえて、口を引き結んだ。
握り締められた拳が震えている。
「言わなくていい。無理をさせたな。しばらく休んでくれ」
「堂主?! 休めって、俺が休んだら……」
「治癒系の神木守が、岩山を越えてやって来たんだ」
彼の目が見開かれて、視線が宙を泳ぎ、僕の姿を捉えてきたのが分かった。
「あの、ケラスさんですよね。事情は堂主様から聞いています。この方達を治す手伝い、させて頂いてもいいですか?」
彼は戸惑ったように、眉を寄せて口を開く。
「……俺が見てる前でなら」
「では、早速ですが、そちらの方から治します」
ケラスが頷いてくれたのを確認して、先程見た寝台に向かう。
「でも、治癒系? ……夢か?」
背後から彼の呟きが追いかけてくるのを尻目に、首が腐敗に侵されている人の傷に、手を当て目を閉じた。
ティエラの神木に祈りを捧げる。
喉に熱湯を飲み込んだような灼熱感。
咄嗟に喉を押さえて、目を開ける。
「あ、私、声が……出る。治った……?」
寝台で横たわってる人が、ぼんやりとした声を発するのを確認して、声をかけようとするけど、口から出たのは乾いた咳だけだった。
次の寝台に向かおうと動き出したとき、背後から腕を掴まれ硬直する。
「今のは、俺の浄化と違った。君の力は……」
離して欲しくても声が出なかったから、彼を睨み付けて、その手が緩んだ隙に、背中の腐敗で苦しんでる人の寝台に向かった。
その人の背中に手を当て、さっきと同じように祈る。
背中の腐敗は広かったけど、そこまで酷くなかったようで、背中は少しちくちくするだけで済んだ。
「背中が、痛くない……?」
寝台で呻いていた人が、目を開けるのを確認して、ぎこちなく微笑みかけてから、次の寝台に目を向ける。
「君、君の治癒は、転移浄化型だろう」
ケラスの声を聞き流しながら、肩の腐敗で寝込んでいる人の寝台へ近付いた。
前の二人と同じように治癒すると、鎖骨から肘辺りまで、皮膚の下がずきずきと痛んだ。
服の隙間から覗く、自身の鎖骨に薄らと黒い痣が広がったのが見えた。
次の寝台に行こうと顔を上げて、視界が揺れる。
ふらりと体が傾き、寝台の縁に手を突きそうになった時、誰かに体を支えられた。
「君、もうやめた方がいい。その力は、体に負担がかかり過ぎる」
大丈夫だと返したいのに、声が出なくて顔が歪む。
ケラスに体を支えられたまま、近くの椅子に移動させられる。
渋々椅子に座って顔を上げると、部屋の中で痛みに呻いていた人たちが、声もなくこちらを見ているのに気が付いて、その視線の強さにびくりと肩が震えた。
「声が出ないんだろう? 喉に痣が浮いている。今の俺の力じゃ、難しいかもしれないが、多少は良くなるかもしれない」
ケラスが僕の喉に手を当て、目を閉じた。
先程感じた甘い香りが彼から立ち登ると同時に、少し喉の痛みが薄らいだ。
「……ケラス、さん。ありがとう……ございま……」
声を出す度に、喉が引き攣れる痛みがあるけど、一応話せるようになった。
けれど、絞り出した声の枯れ具合に、眉が下がる。
甘い香りが消えて、ケラスの目が開く。
彼はなんだか呆然とした様子で、首を傾げる。
「……力が少し、戻ったような……?」
「そ、れは……良かったですね……でも、ケラスさんは……休んだ方がいいです」
部屋を見た限り、あとは軽い治癒で治る人たちだけみたいで、少し安心しながら立ち上がる。
「いや、君に任せきりにするのは、副堂主としての名が廃る。……俺が頼りないばかりに、君のような若者に負担をかけてしまった。あと少しだけ、手伝ってくれると助かる」
ケラスが隈のできた目を揺らして、じっとこちらを見てきた。
僕は力強く頷いて、ケラスと一緒に、残りの人たちを治して回った。




