師弟
ごつごつとした岩を登りながら、斜め前の岩を軽々登っていく額飾りの子を見る。
幼女を掴まえてる鳥と、エルドは岩山の陰に隠れたり、見えたりしている。
「あのあほ鳥ーー! 師匠を返せーーッ」
「お、落ち着いてください! エルドならきっと、無事に、助け出してくれる、はず、です!」
岩に手をかけながら、その子を見上げる。
「……えっと、大丈夫? ぼく、手を貸した方がいい?」
大きな岩に苦戦していると、その子が岩の上からこちらを覗いて、手を差し出してくれた。
「あ、ありがとう……」
年下らしき子に手を借りるのは、少し自尊心が削られたけど、羞恥に耐えながら、その手を取り岩を登った。
「こっちこそ、急に助け求めちゃったからさ。なんか、ごめん」
「そんなことないです。僕は、えーと……きみの名前はなんて言うんですか? どう呼べばいいのか」
眉を寄せてその子を見ると、その子は一瞬、泣きそうな、複雑な表情を浮かべた後、遠い目をした。
「ぼくの名前はウキハ。……ねぇ、きみの名前はなんて言うの?」
瞬きして僕より頭一つ分背の低いウキハを見る。
──今、若い子に年下扱いされた……? いや、別にいいんだけど、僕はそんなに頼りなく見えるのかな!?
「僕はロランといいます。ちなみに、多分、ウキハさんよりは歳上だと思います」
ウキハが、こちらを見上げて首を傾げた。
「え、あ、そこ気にするんだ……。って、ぼく師匠のこと忘れてた!?」
軽く流され、少し落ち込む。
ウキハが慌てたように動き出すのを追って、険しい岩道を睨みつけた。
◆◆◆
暗闇が迫ってきた頃に、やっと岩山の鳥の巣に辿り着いた。
巨大な鳥の腐怪が、巣の中で嘴を動かし、何かを咀嚼していた。
顔面から血の気が引く。
「エルドッ!?」
「師匠が喰われたーー!?」
斜め前にいたウキハの姿が消える。その姿に続いて一目散に巣に向かって走り出す。
その時、巣の影から人の姿のエルドと、幼女の姿が見えて、目を見開いた。
巣に突っ込もうとしたウキハが、不自然な体勢で固まった。
「よ、良かった……エルドが食べられたのかと」
「……俺は何もしてねえ」
腐怪を警戒しながら、恐る恐るエルドに近寄ると、彼は顔を顰めた。
「し、師匠ーーッ。良かった、良かったよー! ぼく今度こそ本当にだめかとッ」
横に風圧を感じたかと思うと、ウキハが力一杯、幼女の体を抱き締めているのが見えた。
幼女はウキハにされるがままになっている。
その表情は、少しだけ面倒くさそうに歪んでいた。
二人の姿を見て、肩の力が抜ける。
そして首を傾げた。
「あれ……? それなら、あの腐怪は、何を食べて……?」
エルドのため息が聞こえて、彼を見る。
「……魚喰ってたぞ」
目を瞬く。
「……魚っ?」
「ああ。俺が追い付いた頃には、あいつ、魚を腐怪に喰わせてたぞ」
未だにウキハに抱き着かれている幼女の手元を見る。
腐怪に釣り上げられていた時に持っていた魚が居なくなっていた。
その幼女の手がウキハの頭を叩く。
「……ッ痛ぁーー! ひ、酷い師匠ッ」
ウキハが頭を抱えてしゃがみ込んだ。
──っえ? そんなに……?
幼女がウキハの耳元に顔を寄せて、しばらくするとウキハが、もの凄く顔を顰めて首を横に振った。
「あの鳥に乗るとか無理無理、嫌だーー! 普通に鹿とかトンボとかでいーじゃん! なんであのあほ鳥!? 師匠、喰われかけてたじゃんかーー!」
なんか、大変そうだけど無事で良かった……。
「あの、これからは腐怪に攫われないように気をつけてね。無事だったのは、魚を持ってたからだと思うから」
ウキハを立ち上がらせようとしている幼女に向かって、屈み込んで話しかけると、三人からの視線が突き刺さり、首を傾げる。
「……あれ、僕変なことでも言ったかな?」
「おいロラン。まずは、こいつらがあそこにいた事を疑問に思えよ。ここは境界内じゃねーんだぞ! おかしーだろーが!」
エルドに肩を叩かれ、飛び上がりそうになる。
「びっくりした! だけど、僕も十歳くらいから旅してたし……まあ、子どもだけの二人旅は確かに……二人とも、エルド並に強いとか?」
どんな力を持ってるのかは分からないけど、神木守なら腐敗の地にいてもおかしくないと思う。
「……そこな者と同じにするでない」
左目に痛みが走り、幼女の口から胞子が滲んだように見えた。
「えっ……きみ、その左目──」
眉間に皺を寄せながら、ウキハを見るとウキハは目を見開いて僕を指差していた。
「……あれ……見間違えかな……。指差してごめん」
首を傾げると、ウキハは戸惑ったように指を彷徨わせ、だらりと腕を下げた。
幼女がウキハの腕を引っ張り、腐怪の方に歩き出す。
「ちょっと師匠、待ってよ!」
ウキハが引き摺られながら、こちらを見る。
「あのさ二人とも、手伝ってくれてありがと! それから、ロランってこれからどこに向かうの?」
その言葉にはっとして口を開く。
「僕たちは、ツキカという地を探してるんです。二人は知ってますか?」
ウキハと幼女が立ち止まって顔を見合せた。
幼女がウキハの耳元に顔を寄せ、しばらくしてウキハがこちらを向いた。
「師匠が言うには、夜の間ずっと明るい場所だって! 向こうの方にあるらしいよ! ツキカに向かうんだね、覚えとくーー!」
ウキハが幼女に腕を引かれながら、こちらに手を振ってきた。
ウキハが指差した方角を見て、心臓が脈打った。
──向こうにツキカがあるんだ!
胸元の小瓶に触れかけて、エルドの方を見る。
彼は僕と同じように、ツキカがあると言われた方角を見ていた。
「ぎゃーー! このあほ鳥! ぼくの額当て引っ張らないでよ! 師匠ーー助けてッ」
腐怪の巣の中から、ウキハの叫びが聞こえてきて、心配になる。
腐怪って飼い慣らせるものなのかな……。大丈夫なんだろうか……。
「おいロラン。俺らも行くぞ」
「分かった。あ、エルド。あの子、助けに行ってくれてありがとう」
岩山を降り始めたエルドが、無言で狼姿になった。
──返事すらくれないの辛いんだけど……。ていうか、乗らない、乗らないから!
狼の目がこちらを見てくるのに、首を横に振って岩山をゆっくりと降りる。
背後で鳥の羽ばたき音と、ウキハの悲鳴が聞こえた気がして、空を見上げた。
低い位置を、さっきの腐怪が二人を乗せて飛んでいた。
──もしかして、鳥使いの師弟だったりするのかな……。
二人に向かって軽く手を振り、僕は今度こそこの難所を乗り越えるために、動き出した。




