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遺灰が芽吹く世界で──神木と腐敗の世界で、海を探して──  作者: ヒトミ


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23/51

岩壁

翌日、祈堂(いのりどう)で旅の支度をして外に出ると、先に外に居たエルドが、村人たちに囲まれていた。


「腐敗の地だと、美味い物が食べられないだろ? これを持っていけ!」

「いや、いらねーよ……食い物とか言いながら酒じゃねーか!」


エルドは口ではそう言いながらも、村人たちから渡された物を、袋に入れたり、腰に下げたりしていた。


彼らの方に歩いていくと、僕まで村人たちに囲まれた。


「昨日は子どもたちと遊んでくれて助かったよ! それでなんだけどね──」


僕とエルドは、村人たちに促されるまま、神木の根元まで連れられた。


そこには、村の子どもたちが集まって、こちらを見上げていた。


「ロラン兄ちゃん、エルド兄ちゃん」

「旅のお話聞かせてくれてありがとう!」

「僕たちと遊んでくれてありがとう」

「私たちのこと、忘れないでね……」


子どもたちは、泣き笑いのような表情をしながら、僕とエルドに小さな紙を渡してくれた。


紙には、昨日の焚き火での踊りの絵が描かれていた。


「ありがとう……。大切にするね」

「……これじゃ、破れちまうだろーが」


エルドが紙を空に透かす。


子どもたちの表情が曇ったのを見て、エルドに向かって声をかけようとした時。


「破れねーように、仕舞っといてやるよ」


彼は子どもたちからの贈り物を、丁寧に(たた)んで(ふところ)に仕舞い込んだ。


子どもたちの声と、大人たちの静かな声に後ろ髪を引かれながら、腐敗の地に向かって歩き出す。


ルミアの境界の近くまで歩き、ふと首を傾げた。


──そういえば、サラサさんはどこから来て、どこに向かって旅してるんだろう……。


彼女は村人に紛れて、とても明るく別れの挨拶をしてきてた。


もう、会うこともないかもしれないのに、やたらと元気だった。


──不思議な人だったな。


◆◆◆


ルミアにきた時とは逆方向に歩いて、半日ほど経つと、道が岩壁に塞がれた。


エルドが立ち止まった。


「あの、聞いてもいいですか?」


岩壁に手を掛けようとした姿勢のまま、彼がこちらを向く。


「もう聞かねーで、普通に聞けよ……まどろっこしい!」

「あ、はい。どこに向かってるのかなって。目的地でもあるんですか?」

「んなもん、ねーけど」

「ねーけど……?」


何度か瞬きして、首を傾げて、頭が真っ白になる。


この人は何を言ってるんだろう。どこも目指してないのに、腐敗の地を移動してるの? 何のために……? っえ、僕、やばい人に着いてきたのかな。


「それって、どういうことですか……?」

「あー? 行ったことねー地に行く。それが俺の生き方だ」


エルドは岩壁の頂上を見上げた。


「そしてその地に、俺の──」


濁った風に耳を塞がれ、彼の言葉は聞こえなかった。


それでも、彼の赤髪が風に(ひるがえ)り、見えた眼差しは鋭く真っ直ぐだった。


なんだ……。別にやばい人じゃなかった。


少しほっとして、はっと(ひらめ)く。


「それなら、僕と一緒に海まで行きませんか?」

「はっ?」


エルドが目を見開いてこちらを上から下まで眺めてきた。


「……いや、無理」

「えっ、なんで? だって」

「マジ無理、本気で無理だっつーの!」


僕の言葉を遮って、エルドは岩壁を登り始めた。


唖然(あぜん)とする。


──待って、なんで断られたんだろ……。いや、それもあるけど、僕にこの岩壁を登れと……?


「ちょっと、エルド! エルドさーん! 僕、ここ登れると思いますか!? 途中まで登れたとしても、絶対落ちると思うんです! 違う道行きませんかー!」


暗闇の中に声が響いた。


胞子の空気が騒めいた気がして、腕をさすりながら周囲を見回した。


「……っ、叫ぶんじゃねーよ!」


岩壁から赤い狼が降りてきて、飛び上がる。


炎が真横を通り過ぎて行ったかと思うと、体が浮き上がって目を見開く。


体の下に毛皮の熱を感じ、そのまま世界が半回転して、風圧を感じて無我夢中で毛皮にしがみついた。


岩壁が上から下に流れて、口から小さな悲鳴が漏れる。


「な、なんで、崖、登ってるんですかー!」


目を瞑って、唇を震わせながら、全力で毛皮にしがみついた。


◆◆◆


しばらくすると、揺れが収まり、ゆっくりと目を開けた。


震える足で、狼の背中から降りる。


狼の姿がかすみ、次の瞬間にはエルドが人の姿で、こちらを見ていた。


「し、死ぬかと思ったんですけど……」

「……下にいたら、多分死んでたぞ」


やっぱりさっき大声出しちゃったせいで、何か来たのかな……。


「何が居たんですか?」

「あー、でっけー兎らしき、腐怪じゃね?」


父と旅してたときに、腐臭を撒き散らして、集団で追ってきた、溶けかけの姿を思い出し、青ざめる。


「ありがとうございました。死ぬとこでした……」

「で、自力で崖登れねーし、死にかけてっけど、それで、海? まで行けると思ってんの? 俺が居たとしても……無理だろ」


崖の下を覗き込みながら、横目でエルドを睨む。


「無理、無理言わないでくれませんか? これでも、何年も旅してたんです。道ですらない場所を通らなければ、充分旅、できるんですから!」


勢いで返してから、少し(うつむ)く。


旅、してたけど、それは父さんが居たからできてたことなの、分かってる。今も、エルドに置いて行かれたら、生き残ることすら……難しい。


僕は海に辿り着くまで死ねない。


「エルド。僕は、戦うことはできなくても、腐怪から逃げることはできます。……さっきは、無理だったけど」


顔を上げてじっとエルドを見詰めた。


「だから、置いて行くのだけはやめてください」


彼は僕を渋い表情で見てから、深いため息をついた。


「……全力で逃げろよ。見てる余裕ねーから」

「はい。逃げます!」


そして、エルドが怪我するようなことがあったら、治そう。それが、僕のできることだから。


まだ治りきってない、腹部の(あざ)が頭を過ぎる。


でもやっぱり、なるべく大怪我はしないで欲しいな……。


「それで、エルドはなんで崖登ったの? エルドが登らなければ、僕が大声出すこともなかったんだけど」

「高い場所の方が、見渡せるだろーが」


彼は一瞬、こちらをじっと見たあと、岩場に座って空を見上げた。


──本当に、それだけ……? 今の視線何? 気になるんだけど。

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