薬と手帳
祭祀場からの階段を下り、二本の柱まで辿り着いたとき、ゲンヤとばったり出くわした。
「現場にいた知人から聞きましたよ! 色々と大変だったようですね。事件から二日程度ですが、もう体調はよろしいので?」
ぐいっとゲンヤの顔が近付いて、背筋を反らしながら頷く。
「ご心配お掛けしました。祭祀長にお茶を貰ったんです。そしたら、体調が良くなった気がして」
目覚めたときから、腹部の痛みはほとんどなかったけど、あのお茶を飲んでから全く痛くない。どうしてなんだろう。
シオンから貰った巾着袋を取り出して眺める。
「それは?」
「あ、祭祀長から貰ったんです。神木の花の角砂糖だと」
「なるほど。体調がいいのは、その薬のお陰ですね。祭祀長の力が込められてるらしいですよ」
目を丸くする。
……薬? 祭祀長の力? あ、だから、痛みがなくなったんだ。
「祭祀長にお礼、言ってない……」
掌に乗せた巾着袋を凝視した。
「その角砂糖を毎日お茶にして飲むのが、お礼になるんじゃないですかね? 祭祀長が渡してきたのでしょう? 万能薬じゃないですからねぇ。必要なんでしょう」
そういう考え方もあるんだ。
祭祀場に続く階段を振り返り、姿勢を正してお辞儀する。
祭祀長には見えないと思うけど、動けるのは祭祀長のお陰だろうから、ありがとうございました。
背筋を伸ばすと、肩に手を置かれ、そのままゲンヤにどこかへと引っ張られ始める。
「律儀ですね。尊敬に値します。ですが、私にはもっと大事な用があるんですよ。とりあえず、私の家に来てくれますよね?」
「ちょっとゲンヤさん! 引っ張らないでください」
一応僕はまだ、病み上がりというか、痣は残ってるんだって……。
◆◆◆
ゲンヤの家は露店が連なる道から少し逸れた、奥まった場所にあった。
出入口には見たこともない置物や、独特な芸術品、色んな物が飾られていた。
「全部、売り物なんですか?」
「売り物でもありますし、観賞用でもあるんですよ。気に入った物があれば、持ち帰ります? お父様の手帳を写させて頂いたお礼に」
奥の部屋に通されて、示された場所に座ると、テーブルの上に手帳を置きながら、ゲンヤが対面に座った。
「……気に入った物……そこに置いてある木彫りの」
木の枝に足を掛けた小さな鳥。
祭祀長と話したときに、テーブルで甘菓子を啄んでいた鳥に似てて、なんかいいな……。
「お目が高いですね! これは、シオンきっての木彫り職人の作品なんですよ。木で造られているのに温かみがあるんですよねぇ」
ゲンヤが木彫りの小鳥を見て、目を細めた。
その言葉で、自身が小鳥に目を止めた理由に腑が落ちた。
「後でお渡ししますね」
「あ、ありがとうございます」
ゲンヤさんにとっても大切な物なんじゃないのかな……。本当に、貰っていいんだろうか。
ぎこちなく笑いかけると、ゲンヤは満足げに頷いてきた。
「で、本題なんですが、手帳、まだ解読できてません! 私の知識にも限界が……貴方のお父様、何者なんです? 謎の図形も沢山書かれてますし」
こちらに父の手帳を返してきながら、写しの本を開いてゲンヤが頭を抱えた。
「普通に、旅好きの父でしたけど……でもたまに、僕が理解できない言葉を、独り言で呟いてたような……」
慌ててるときとか、興奮してるようなときに、ポロっと発してたかも。
「それってどんな言葉ですか!?」
「いや、うーん、何だったかな……帝国とか、なんとか……」
「帝国……テイコクの地とか、ですかね……!? ティエラ以外にも未知の地がッ」
いや、僕にとっては、シオンの地の方が未知だったんだけど。そんなに驚くことなのかな……。
「あの、神木名とは限らないと思うんですけど。独り言だったし」
「……それは、そうなんですけどね!? ティエラがあるなら、テイコクだってあってもいいじゃないですか!」
ゲンヤが拳を握って叫んだあと、こちらを見て小さな咳払いをした。
「まあ、それでですね、お父様の手帳は解読できてませんが、もしかしたら、この文字はお父様の故郷の文字なのかもしれません!」
父さんの故郷……。考えたこと、なかったな。当然みたいに、ティエラが故郷だと思ってたけど、どこかからの旅人だったと言われても、全然違和感ないかも。
「父の故郷の文字だったとして、ゲンヤさんの役に立ったんですか? 解読、できてないんですよね……。結局、ティエラへの行き方も分からないままなんじゃ」
「そんなはっきり言わないでくださいよ! これでも、傷付くんですからね!?」
ゲンヤと顔を合わせる。短い沈黙が落ちた。
「……分かりました。ロランさんはもうすぐ旅立たれるのでしょう? 信用できて賢そうな人に、手帳の文字をちらりと見せてみてください。ちらりとが肝心ですよ! いいですか!? ちらりと、ですよ」
前のめりで念を押してくるゲンヤに、僕は顔を引き攣らせながら頷いた。
「そして、解読できた場合、立ち寄る地があれば、そこの神木守堂とかでいいので、私宛の手紙に解読内容を書いて、帳場に保管してください。私は私で調べますので。意地でもティエラに辿り着いてみせますよ!」
興奮冷めやらぬ様子のゲンヤに、どう接したらいいのか悩む。
父さんの手帳も無事に返ってきたことだし、そろそろ護衛探しに戻らないと。
「ゲンヤさん。手帳の文字、色々調べてくれてありがとうございました。誰かに聞いてみるなんて考えたことなかったので、これからは積極的に色んな人に聞いてみます」
父が遺した手帳なんだから、文字だというなら僕も読んでみたい。謎の絵だって意味があるなら、その意味を知りたい。
「いえいえ、ロランさん! 積極的ではなく、チラ見せですよ、チラ見せ! よろしくお願いしますね」
「あ、はい、分かりました。では、また。旅先で手紙、書いておきますね……」
手帳を鞄に仕舞い、立ち上がると、ゲンヤがはっとしたように目を開いて、木彫りの小鳥を持ってくる。
「渡し忘れるところでした。この子、大切にしてあげてくださいね。シオンの思い出として!」
掌に収まるくらいの小鳥。
両手で受け取り、ゲンヤに向かって微笑を浮かべる。
「ありがとうございます。大切にします。ゲンヤさん、あまり危険なことはしないでください。心配なので……」
腐敗の地でのあれやこれやを思い出し、一言だけ添えると、ゲンヤが心外そうな表情をした。
「ご心配なく。私にはシュンがついていますのでね。ロランさんこそ、しっかり守ってくれる護衛を見つけてくださいよ!」
僕は彼に頷いたあと、背を向けて彼の家から外へと歩き出した。




